【==== 薄暗い倉庫 ====】
……っ!! このエキゾースト(排気音)はっ!! まさか……!!
……んん!? 何だ、外が騒がしいな。
【==== 薄暗い倉庫 ====】
あっ、琉二さん、あの辺りですっ!
私は副島さんからもらったメモの住所をスマホでナビしながら、目の前に現れた古い倉庫を指差した。
あれか……。
凜姉、待ってろよ!!
琉二さんはさらにアクセルを吹かしてバイクを加速させた。
古びた廃倉庫のようなその場所には、見張り役なのか、何人かが表に立ってて睨みを利かせている。
外からも見える奥の薄暗い場所に、凜子さんらしい人が囚われているように見えた。
凜子さ~ん!!
私は体の奥から、出せる限りの大声で叫んだ。
【==== 薄暗い倉庫 ====】
楓ちゃん……琉二くん……!!
琉二さんのバイクは、そのまま凜子さんが捕らえられている倉庫の奥まで、一気に突っ込んでいった。
廃倉庫の奥では、凜子さんは手足こそ縛られてはいなかったが、車やバイク、廃材などでできた“牢屋”の中にいた。
電気が来てないせいか、車とバイクのヘッドライトで中を照らしている。
その前には連れ去ったリーダー格の人をはじめ、鉄パイプなどを持った体格のいい男の人達が何人もいた。
お前ら、こんなことしてタダで済むと思ってるのか?
……もう、ガキじゃねぇんだぜ?
……久しぶりだな、琉二。
いや、“雷光のリュウジ”と呼んだ方がよかったか?
…………。
お前は何か勘違いをしているようだ。俺はただ、昔の知り合いの女と話しをしているだけだ。
なあ、凜子?
(……確かに、縛ったり拘束はしてないけど……)
……あんたと知り合いになったつもりはないし、か弱い女子をこんな所に閉じ込めて、話し合いも何もないでしょ。
……か弱い女子ねぇ。
お前がそんな冗談を言うようになったとは、随分見違えたもんだな。
か弱いかどうかはさて置き、俺の大事な“お客さん”を怖い目に遭わせたんだ。
相応の見返りはさせてもらうぜ。
………………。
ほお、凜子だけじゃなく、そんな可愛い“土産”まで付けてくれるとは、雷光のリュウジも気が利くようになったな。
ほざけ!!
『楓ちゃん、しっかり俺に掴まってろ。死んでも俺を離すんじゃないぞ!』
琉二さんは私だけに聞こえる声でそう言うと、確かめるように私の手の上からがしっと強く握った。
はいっ!!
私は何があってもその手を離さないよう琉二さんの腰を絞るように、自分の体を密着させた。
次の瞬間、グォーンっとエンジンの回転数が上がって、バイクの前輪が持ち上がった。
琉二さんが操作するバイクはまるで猛獣のように、屈強な相手の男の人達に襲い掛かる。
そうして不意をつかれ開けた道の先に、凜子さんの姿があった。
凜子さーん!!
私は琉二さんの体にしがみ付きながら、大声で叫んだ。凜子さんの少し潤んだように見えた瞳が心に刺さる。
バイクは凜子さんの目の前でターンすると、連れ去った男達から凜子さんを庇う盾のように立ちはだかった。
凜子さんは返してもらうよ。
そう言うと琉二さんは、凜子さんにアイコンタクトで何かを指示した。
凜子さんも迷うことなくそれに頷き、次の瞬間、ヘッドライトを点けて置いてあったバイクに跨りアクセルを回した。
ブロロォォォン……!!
大きな唸りを上げて凜子さんのバイクが急発進した。
それに続くように、私達のバイクも後を走る。
……くそっ、逃がすな!
【==== 薄暗い倉庫 ====】
外で見張りに立っていた男が鉄パイプを持って凜子さんに襲い掛かってきたが、琉二さんのバイクが手前で加速し、轢かれそうになったその男は、何もすることができなかった。
追いかけろ! 絶対に逃がすな!!
廃倉庫から激しいスリップ音を鳴らしながら、数台のバイクと車が私達の後を追いかけてきた。
【==== 埠頭 ====】
(……このままじゃ追いつかれちゃう)
おそらく琉二さんは、私を乗せていることで振り落ちない、ギリギリの運転をしているに違いなかった。
――と、その時――
埠頭から公道へつながる道路の先から、点滅する赤い光が見えた。
あれは……!?
間を空けず、ウウッーっというあの独特のサイレン音が聞こえた。
……フフッ、警察か。
総長、先に手を打ってくれたな。さすが。
琉二さんと凜子さんはバイクをゆっくり停める。
副島さんが!?
……そっか、ここの場所を他に知ってるのって、副島さんしかいないんだ。
パトカーを見るやいなや、私達を追いかけてきたバイクと車は全員その場でUターンし、元来た道を逃げていった。
前から来たパトカーは、1台を除いて私達の横をすり抜け、逃走するバイクを猛スピードで追いかけていった。
琉二さんの横に停まったパトカーの中から、窓を下ろして刑事さんらしい人が話しかけてきた。
よお、大丈夫だったか、琉二? 凜子も元気そうだな。
副島から連絡があってな。
ご無沙汰してます、ゲンさん。助かりました。
俺達はピンピンしてますよ。総長には後で礼を言っときます。
(……ゲンさん? 知り合い?)
……あんまり派手に暴れるなや。お前ももう一人前なんだし。
……はははっ、気をつけます。
ははは……じゃねえよ。
一応な、調書を取るから後で署に顔出しといてくれや。
了解っす。
凜姉の手当てして明日になると思いますけど、一緒に顔出しますよ。
ああ、そこのお譲ちゃんもよろしくな。……あと凜子。
こっからはノーヘル禁止だからメットがないなら歩いて帰れ。
こんなか弱い女子に、ここから一人で歩いて帰れって言うの?
ゲンさんひどーい!
ノーヘルで100km以上のスピード出す奴を、“か弱い”とは言わねえよ。
なんなら、パトカー乗ってくか?
……遠慮しときます。
そういうこった。
まぁ、気をつけて帰れよ。
そう言うと刑事さんは窓を閉め、そのままパトカーは後を追っていった。
ゲンさんも元気そうね。
二人のお知り合いなんですか?
ああ。
昔随分と世話になった。
特に琉二くんはね。
ふふふっ……。
凜姉だって……。
回数だけなら負けてなくね?
そうだったかしら? ……うふふふっ。
何の話をしているのかよくわからなかったが、昔からの知り合いだということはよくわかった。
・
・
・
この後、琉二さんはバイクを押しながら私達は大きな通りに出るまで、港の近くを3人で歩いた。
二人の昔のことや、副島さんや凜子さんの弟さんの話など、それまであまり深く聞けなかった話を聞くことができた。
そんな中、ふと凜子さんが足を止めた。
……それにしても、今回は楓ちゃんにまで危険な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。
琉二くんも、本当に色々とありがとう。
ただ、楓ちゃんを連れてきちゃったことは、ちょっとどうかなと。
ああ、いえ。
私が琉二さんに『連れて行ってくれ」と無理やり頼んだんです。
……そうでもないと、琉二くんが連れてくるわけないと思ってはいるけど、でもそれでも、万が一何かあったら……。
その時は、俺が責任持ちますよ。
(……せ、責任って……!?)
………………。
琉二くん、ちょっと二人だけでいいかな?
え、はい……。
楓ちゃん、ごめんなさいね。
少し琉二くん借りるね。
はっ、はい……。
(『借り』るって……、別に私に断る必要はないのに……?)
凜子さんは琉二さんを連れて、夕陽がキラキラと反射する海に向かって歩いていった。
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(……やっぱり、あの二人はお似合いだなぁ。こんなに夕陽が映えるカップルなんて、そうはいないよ)
(嫉妬とかそういうの通り越して、本気で憧れちゃうよね……)
(……私なんか……、ちょっと調子に乗っちゃってたんだな……)
私は夕焼け空を見上げながら、そんなことを考えていた。
二人が離れてから5分くらい経っただろうか。
凜子さんはにこにこしながら、琉二さんは照れたような、困ったような顔をしながら二人は戻ってきた。
ごめんね、楓ちゃん。
お待たせ。
あ、いえ……。
夕陽を背にしたお二人、綺麗でしたよ。
まぁ。相手が琉二くんだと、ちょっと微妙だけど。
ゴホン、ゴホン……。
言いたい放題だな、凜姉。
あはははは……。
……それじゃあ、私はここでさよならするね。
えっ!? だって、みんなで一緒に帰るって……。
ん~、せっかく琉二くんのバイクがあるんだし、おばさんが若い子の邪魔をするのも野暮だしね。
そう言いながら、凜子さんは少しずつ私達から離れていく。
ま、待ってください、凜子さん!
それってどういう……!!
私が凜子さんを追いかけようと身を乗り出した時、ふわっと後ろから何かに包まれるようにして動きが止まった。
(……えっ!?)
……俺と二人じゃ、ダメか?
…………!!
私の後ろから包むように抱きしめてくれたのは琉二さんだった。
俺は、楓ちゃんと二人で帰りたい……。
……え、あ、ええっ……。
何が起こっているのか理解できなかったが、私の心臓だけは、ドクンと大きく反応していた。
……琉二……さん。
琉二さんが温かいからか、私が熱いからなのか、私の顔は夕焼けでもはっきりわかるほど、真っ赤に染まっていた。
ふと見ると、すでに凜子さんの姿はかなり離れたところにある。
あなたたち、とてもお似合いよー!
凜子さんは手を振りながら、大きな声でそう叫んだ。
楓ちゃん、琉二くんをよろしくねー!
……凜子さん……。
凜姉、この後総長……副島さんがお迎えなんだと。
副島さんが?
……本当かどうかは知らないけどね。
……そうなんだ。
凜子さーん、お気をつけてー!!
私も負けじと、大きく手を振って叫んだ。
凜子さんは、頭の上に両手で大きな丸を作って微笑んだ。
アラサーの癖に、くっそ可愛いんだから、あの人。
……ですね。
凜子さんは手で丸を作った後、電話が掛かってきたのか、慌ててポケットからスマホを取り出した。
何を話しているのかはもちろん聞こえなかったが、おそらく副島さんからなのだろう。
凜子さんは電話をしながら、何度も大きく手を振って、別れの挨拶をしてくれた。
私は、琉二さんにもたれるように背中を預けつつ、二人で凜子さんを見送ったのだった。
・
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その後、私達も乗ってきたバイクに跨り、帰る準備をしていた。
……私、凜子さんは琉二さんのことが好きなんだと思ってました。
さっきの二人の話はそういう話かなぁと思って。
……それはないんじゃないの? 弟みたいには思われてるかもだけど。
……ですかね。
……琉二さんはどうなんですか?
琉二さんはほんの少し私を見つめた後、私がかぶりかけていたヘルメットを上から押さえつけるようにして。
なんなら、さっき言ったセリフ、もう一回言おうか?
ヘルメット同士をコツンと当てて、琉二さんはそう言った。
頭の中にさっきの琉二さんの言葉が再生する。
『……俺と二人じゃ、ダメか?』
私はヘルメットの中で、一人で顔を赤くしていた。
そ、それって、告白……ってことでいいんですよね?
う~ん、どうなんだろう、そうなるのかな?
ええっー、違うんですか?
予想外の言葉に、緊張して損をした気になった。
ははは……。
んじゃ、行くぜ。しっかり掴まってなよ。
あっ……はい!
琉二さんの背中で受ける風が心地いい。
私は振り落とされないよう、琉二さんの背中に顔を埋めた。
カフェ・ド・ミュージアム
そして、その翌日――。
(はぁ~、昨日は本当に大変な一日だったなぁ……)
私は性懲りもなく、昨日あれだけのことがあったにもかかわらず、今日も定時にお店に来ていた。
昨日の凜子さんや琉二さんとのことが思い出されて、なんだか少し恥ずかしかったけれど……。
カフェ・ド・ミュージアム
などと思っていると、店の中には凜子さんの姿だけではなく、琉二さんの姿も見えた。
(えー、琉二さんもいるなんて珍しい。
そうか、昨日のことがあったんで凜子さんを心配して様子を見に来たんだ)
凜子さんが外にいた私に気づいたのか、こちらに向かって手招きをするように手を振ってくれた。
(凜子さん、元気そうでよかった……)
私も覚悟を決め、いつもと同じようにお店のドアを開け、「こんにちはー!」と元気よく中へ入っていった。
そして、琉二さんの目の前にまで行った時――。
はい。今日はこれを渡そうと思ってさ。
これからも、よろしくね、楓ちゃん。
そう言って、真っ赤なバラの花束を私の目の前に差し出した。
……昨日さ、なんかちょっとモヤモヤしてたみたいだったから。
俺の気持ちもはっきりさせとこうかと思って。
……琉二さん。ありがとうございます!
私のほうこそ、よろしくお願いします!
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この日以来、私の部屋には赤いバラも飾るようになったのだった。
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