ラインの館
~9話~

カフェ・ド・ミュージアム

そんなぁ!? ……凜子さんはさらわれちゃったの!?

琉二さんに電話している隙に、どうやら男達は凜子さんをどこかへ連れ去ったようだった。

誰も見てなかったなんて……。
……そうだ、まだ近くにいるはずだからみんなで外へ出て捜しましょう!

慌てて店を出ようとした私は、入り口近くで誰かにぶつかりそうになった。

きゃっ、ごめんなさい!

琉二

おっと、楓ちゃん!? ……大丈夫かい?

凜子さんが、凜子さんが例の男達に連れ去られちゃったんです!

琉二

なんだって!? ……マジか。
そりゃ、早く助けないとヤバいかも……。

そうなんです! 私が琉二さんに電話してる間に連れて行かれたんで、まだこの辺の近くにいるはずなんです!

だから、今からみんなで手分けして近くを捜そうって!

私は居ても立ってもいられない気持ちだった。一刻も早く凛花さんを見つけないと。

琉二

楓ちゃん、ちょっと落ち着いて。
違うんだ。
そうじゃなくて……。

琉二さんが私を落ち着かせようとそう言った時、聞き慣れた声が店の外から聞こえた。

???

あら、みんな揃ってどうしたの?

そこにしれっと現れたのは、なんと凜子さん本人だった。

凜子さん!! 無事だったんですか!? ガラの悪そうな男の人達に連れ去れたんですよね?

凜子

…………。

セリフに詰まっていた凜子さんに、琉二さんが一言言った。

琉二

……で、ちゃんと手加減はした?

凜子

もちろんよ。
でなきゃ私が捕まっちゃうもの。

琉二

……ですよね。

琉二さんは当たり前のことを聞いてしまったという顔をした。

……手加減って、あのぉ、凜子さん、連れて行かれたんですよね?

凜子

……あらやだ、そうなんだけど……、目上に対して少し言葉がなってなかったんで、体験による教育的指導を……。

琉二

ようは、相手を“シメ”たんですよね?

凜子

そんな身も蓋もない言い方して……。
楓ちゃんがびっくりしちゃうでしょ。

……もうすでに腰を抜かすほどびっくりしています。

琉二

…………だよね。

凜子

……あらら。
まあでも、楓ちゃん、心配してくれてありがとう。

もうー、本当に心配したんですからぁ!

私は凜子さんに軽く抱きついた。

おおよその事態を把握した私は、安心したせいか、声が少し震えていた。

(琉二さんが凜子さんも元仲間だって言ってたけど、そんなに強いだなんて知らなかったよぉ。本当によかった)

凜子

……心配掛けちゃってごめんね。
楓ちゃんが見てたなんて気づかなかったから……。

凜子さんが無事だったのならいいんです。
あの男の人達、琉二さんの店でも絡んできてたんで、すごく心配で……。

それ以上言葉にならなかった私の頭を、凜子さんは優しく撫でてくれた。

琉二

あいつらやっぱ、『鬼面組』の奴らですかね?

凜子

……だと思うけど、昔いたメンバーじゃないわね。
若いし、顔も知らないし、弱すぎるもの。

琉二

それは凜子さんが強すぎ……いててて。

琉二さんの腕を凜子さんが摘んで捻っていた。

凜子

せっかく静かになったと思ったのに、また面倒なことにならなきゃいいけど。

琉二

……目的は何ですかね?

凜子

さぁ? でも、最近こそこそ嗅ぎ回っている連中がいるって話は聞いてたから。

琉二

……副島(そえじま)さんですね?

凜子

……ええ。
こないだふらっとお店にやってきて、その話をしていったわ。

(スーツの男の人のことだ。凜子さんの元彼とかいう……)

あのぉ、凜子さんすみません。私琉二さんにこないだのこと……。

凜子

いいえ、それはいいの。私の方こそ、ごめんなさい。

凜子

楓ちゃんを巻き込みたくなかったんで琉二くんには黙っててって言ったけど、結果的に巻き込んじゃったから。

そんな……。

凜子

最初から私が説明していれば、余計な心配かけずに済んだんだもん。
本当にごめんなさい。

凜子さん、謝らないでください。

私は自分の意思で琉二さんに話しましたし、二人の昔を知ることができて素直に嬉しかったんです。

凜子

楓ちゃん……。
うん、ありがと。

凜子さんは私を強く抱きしめてくれた。
彼女の温もりが、なんだかとても新鮮に感じたのだった。

――数日後――

カフェ・ド・ミュージアム

私はいつものように、凜子さんのお店にやってきていた。

あと2週ほどに迫った次回のイベントについても大まかな準備は終え、後は直前の準備が少し残っているくらいだった。

ネットから予約できる席は既に満席で、キャンセル待ちが入るほどだった。

カフェ・ド・ミュージアム

あれから特に変な人達は、お店には来てないようだ。

若干一名、この人を除いては――。

副島

なぁ凜子ぉ。
俺達もう一度、縒(よ)りを戻さねぇか?

凜子

……寝言は寝てから、ウケ狙いなら笑える話をお願いするわ。

副島

ちぇ、ツレねえなぁ。
まぁ、そんなところがまた可愛いんだけどな。くくくっ。

カウンター越しに凜子さんに言い寄っている元彼の元総長さん。

見た目だけなら、少し強面系の普通のサラリーマンだ。

……このバーでの口説きのような行為がなければ。

あの日以来、毎日顔を出しては、毎度同じセリフを言っているというから大したものだ。

(本当に毎日懲りない人だなぁ。まあでも、悪い人じゃないんだよね。
どこか憎めないというか……)

副島

おっ、楓ちゃん、だっけ?
キミもなかなか良い素質を持ってるな。どう、今度どこか飲みに行かないか?

……は、はぁ、遠慮しときます。

普通の人ならわかってもらえる、わざとらしい苦笑いをしながら答えた。

凜子

ちょっと、うちのお客さんに手を出すの止めてもらえない?
そういうのするんだったら、出入り禁止にするわよ?

副島

冗談だよ、冗談。
それくらいわかるよね、楓ちゃん?

全然わかりませんでした。

副島

……厳しいコンボだなぁ。
凜子と組むとガチだなぁこりゃ。

副島

じゃ、今度3人で行くか。なんだったら琉二も呼んで……。

カランカラン、カラン~

副島さんが言いかけたところに、勢いよくドアを開けた客がいた。

ガラの悪い客1

こないだはどうも、副長さん。
手を抜いてもらったお陰で、こんなにピンピンですわ。

……あ、あの人は!?

それは見間違いようもない、数日前に琉二さんのお店で因縁をつけ、その後このお店で凜子さんに撃退された人だ。

だが、今回は人数も4、5人とさらに多く、見るからに喧嘩が強そうな大柄の仲間も引き連れていた。

その中でも、年齢も風格も明らかに上の人が、店内に一歩踏み込んで凜子さんに言った。

リーダー格の男

よお、久しぶりだな、『沢村凜子』。
俺のこと、覚えているか?

凜子

……弟を殺した仲間を忘れるわけないじゃない。

リーダー格の男

あれは不幸な事故だったな。
あんたの弟には何の恨みもなかったんだぜ。

凜子

……よく言うわ。
とにかく、今は仕事中なので、用がないならお帰りいただけないかしら?

リーダー格の男

客なのに酷い扱いだなぁ。
ま、用があるから来たんだがな、フッ。

凜子

………………。
うちはオープンテラスで外にも席はあるんで、何なら外でお話しましょうか。

リーダー格の男

そりゃいいねえ。
じゃ、少し顔を貸してもらおうか。

……凜子さん!!

凜子さんは私の方に向き返り、優しく微笑んだ後、騒がしい人達と一緒に店の外に出た。

待っ……うっ!!

追いかけようとした私を引き止めたのは副島さんだった。

副島

あんたはここにいるんだ。俺が行ってくる。
俺達が外に出たら、琉二に連絡をしておいてくれ。

……わかりました。

そう言うと、副島さんは凜子さんの後を追った。

副島さん……。

副島

おーい、俺も混ぜてくれよ。

リーダー格の男

……ほう、これは珍しいなぁ。あんたもいたとは。
豪華メンバーじゃないか。

副島

へえ~、男の顔も覚えてるんだ。
女の顔しか覚えねえ稀代の女たらしと聞いてたが、人の噂なんてあてにならねえな。

リーダー格の男

…………。
まあそうカリカリするなよ。
今日は皆で楽しくやろうじゃないか、なあ。

副島さんは黙ったまま男の人達の後についていった。

静かにドアが閉まり全員が出て行った後、店先にある茂みの陰に入った途端、いきなり取っ組み合いの喧嘩が始まった。

凜子さん、副島さん!

急いで琉二さんに連絡しなければと私がスマホを手にした時、バチバチッという大きな音とともに、茂みの陰から出てきた副島さんが、ゆっくりと崩れ落ちるのが見えた。

副島さん!!

私は反射的に店を飛び出し、副島さんのもとへ駆け寄った。

傍まで行った時にはすでに誰もおらず、男の人達がぐったりとした凜子さんを抱えて、車に乗せているのが見えた。

副島

……楓ちゃん、すまねえ。
あいつら……いきなりスタンガンを使ってきやがった。

えっ、まさか……!?

副島

……凜子とまともにやり合っても、勝てねえからな。
どうも凜子に用があるみたいだが、目的はよくわからねえ。

副島

ここに奴らが行くと言っていた住所をメモっておいた。……これを琉二に。
……どこかの倉庫みたいだが……。

副島さんはそう言うと、走り書きで書いたメモを渡した。

副島

……下に書いてあるのは俺の携帯番号だ。俺も後から追いかける……。

無理しないでください! 私が琉二さんにメモを渡して、必ず凜子さんを連れ戻します!

それまで、副島さんはここで待っていてください。
絶対に戻ってきますから!

副島

……俺が付いていながら……すまねぇ。
急いで……やってくれ……。

はい! お店のスタッフに救急車を呼ぶように言っておきますから!

私は一度店内に戻って救急車のことを告げると、預かったメモを持ったまま一目散に琉二さんのお店に向かった。

ラインの館

あ、いた! 琉二さん!!

琉二さんはちょうど店先に出ていた。
幸いなことに、お客さんは誰もいない。

琉二

よ、楓ちゃん。慌ててどうした?

り、凜子さんがこないだの人達の仲間に連れて行かれて!!

琉二

あーん、また? こないだも……。

違うんです!
今度はもっと強そうな人とか、リーダーみたいな人とか来て、いきなりスタンガンで凜子さんも副島さんもやられちゃって……。

琉二

総長も!?

はい。
副島さんから向かった先のメモを預かってます。
車に乗る前に聞こえたそうです。

私は握ってくしゃくしゃになったメモを手渡した。

相手のことは凜子さんも知ってるようでした!

琉二

……凜子さんがそう言ったのか?

はい。
『弟を殺した仲間を忘れるはずがない』って。

琉二

………………。
……楓ちゃんはカフェで待っててくれ。

琉二さんの顔つきが変わった。
目つきも雰囲気も冷たく他人のようで、傍にいるだけで背筋がゾクっとする。

(……こんな琉二さんを見るのは初めてだ……)

だけど、私は副島さんに約束した。
必ず凜子さんを連れて帰ると――。

私も一緒に行きます!

琉二

……相手はいきなりスタンガンを使うような連中だぞ?

琉二

それがどういうことか、わかってるの?

わかっています。
いえ、もしかしたらわかってないかもしれません。でも……!!

それでも私は凜子さんを……凜子さんを助けたいんです!!

迷惑は掛けません! 足手まといにもなりません! 何があっても後悔しないから、私も連れて行ってください!!

私は半べそをかきながら訴えた。

ほんの少し間が空いた後、琉二さんは店の奥で花や鉢植えのディスプレイ用に使っていた古いバイクを出してきた。

琉二

……バイクのケツに乗ったことは?

えっ!? ……あ、ありま……せん。

琉二

時間がない。安全運転はできないからな。
しっかりしがみ付いてろよ。

そう言ってバイクの横に置いてあった、これまたインテリアだと思っていたヘルメットをさっと投げてよこした。

……はい!

初めて乗るバイクのタンデムシートは、少し硬くて、結構高くて――。

……このバイク、動くんですか?

琉二

……たぶんな。
メンテだけは毎月してるよ。

琉二さんがハンドル横にあるスイッチを押すと、ギュルギュルギュルっという音がした後、ドッドッドッ……という低音のエンジン音が聞こえた。

バイクの振動が直に体に伝わる感覚が気持ちいい。

自分のお腹の前に巻かれた私の腕を、さらにその上からしっかりと触って確かめる琉二さん。

琉二

……行くぜ。

エンジンの唸りが大きくなるとともに、すぅっと加速していくバイク。

気を抜くと体が置いていかれそうになる中、私は無我夢中で琉二さんの体を抱きしめていた。

乗っている時はジェットコースターのような感覚でよく覚えてないのだけど、風を切って走る琉二さんの背中は、大きくて暖かくて、格好良かった。

(……凜子さん、待っててくださいね)

【==== 薄暗い倉庫 ====】

元暴走族のボス

……前にも輪をかけて美人になったな。
どうだ、今からでもこの俺と付き合わねえか?

凜子

……誰が。

元暴走族のボス

かわいいねえ。
こう見えても、俺は前からお前のことは気に入ってたんだぜ?

元暴走族のボス

あの事件だって、弟には手を出すなと言ってあったんだ。
だから弟のバイクには何も細工はしてなかった。

元暴走族のボス

なのに、お友達とかいって生意気なガキを助けたりするから。
あれは不幸な事故だったよ。

凜子

…………っ!!

元暴走族のボス

ま、昔のことは忘れて、これからは楽しくいこうじゃねえか。
北野の店ももっと大きくしたいだろ?

元暴走族のボス

……それとも、もういらないのかぁ?
全てはお前の返事次第だ。俺は悪い話じゃねえと思うがなぁ。

凜子

……アンタと付き合うくらいなら、自分で神戸埠頭に飛び込むよ。

元暴走族のボス

……そうか。
言ってわからない女は体で教えるしかないなぁ……。
もっとも、そうでなくても教えてやるがな。

元暴走族のボス

ぐわっはっはっはっ……。

……ドドドドッ

凜子

……っ!! このエキゾースト(排気音)はっ!!