ラインの館
~4話~

楓の部屋

凜子さんと琉二さんをくっつけようと、思わず勢いで言ってしまったお店のイベント案。

しっかり自分も巻き込まれてしまい、最初の想定とは少し違う形での展開になってしまったけれど、お店の売上にも繋がればいいと思うし、私も家と学校を往復だけの退屈な日常からは少し変わりそうな予感もする。

いろんな期待を込めて、早速今日から琉二さんたちと打ち合わせをすることになっていたりする。

(それにしても琉二さん、思ったよりもテキパキしてて、正直昨日は驚いたな)

(人は見かけで判断しちゃいけないっていう典型的な例だよね)

(凜子さんが好きになるのもわかるような気がする……)

(……って、まだそうだと決まったわけじゃないけど)

あくまで凜子さんが琉二さんのことを好きそうだというのは、私のカンでしかない。

一応凜子さんは否定してはいるけれど、本当のところは私にもわからなかった。

当の琉二さんの方といえば、これもまた微妙な感じで、凜子さんに何かしらの思いがあることは間違いないけれど、それが『好き』という感情なのかどうかはっきりしない。

表面的にはずけずけと物を言い合える二人に見えるが、お互いに何か遠慮しているようにも見えるのだ。

なので私は、余計なお世話だと百も承知で、二人の背中を押してみたいと思ったのだ。

(……でも、それとは別に私の胸の奥で何かが引っかかる……)

(よくはわからないけど、なんだか実は触れちゃいけないような……)

それは『予感』や『霊感』などに似た、少し嫌な胸騒ぎだった。

カフェ・ド・ミュージアム

こんにちは~~~。

お客さんが比較的少ない午後の3時に、琉二さんたちとの待ち合わせをし、私はほんの少し遅れてお店に入った。

私が先に着いていると、二人だけで話す機会が減ると思ったからだ。

琉二

おーう、こっちこっち。

琉二さんは案の定先に来ていて、後からやってきた私に向かって大きく手を振っている。

その向かいには凜子さんが座っていた。

(……よし!))

私は予想通りの展開に、心でガッツポーズをとった。

テーブルの上には、たくさんの写真や雑誌が広げてあり、すでにイベントの作戦会議は始まっているようだった。

あ~、遅くなってすみません。

琉二

いいっていいって。
俺が来たのもそんなに変わんないし。

琉二さんのこういうところがとても好きだ。

凜子

というか、楓ちゃんは学生なんだし、忙しい身なんだから、そんなに時間のことは気にしなくていいのよ?

気を遣ってくれる凜子さんも本当に優しい人だと思う。

こういう人たちだからつい、何かの役に立ちたくなるのだ。

ありがとうございます。そう言っていただけると助かります。
なるべく時間も合わせられればと思ってますので。

凜子

たかが数分、気にしなくっていいわよ。
琉二くんなんて逆に早すぎて困るくらいだし。

えっ、そうなんですか?

想定外の真実に目を白黒させる。

凜子

15分前には来てたよね?

琉二

暇なんで、つい。

琉二さんがいい愛想笑いをした。

(私の作戦意味ないしー!!)

自分の浅はかさを知った私は、そうとは悟られないよう、しれっと凜子さんの隣に座ったのだった。

そ、それは早すぎですね~。あははは……。

笑いながらそう言うのが精一杯だった。

琉二

それじゃ、楓ちゃんも来たことだし、そろそろ本題に入りたいと思うんだが、これ、楓ちゃんどう思う?

私は、そう言って出された写真を手に取って見た。

あっ、かわいい。

それは可愛いパステルカラーを基調に、緑の葉や枝がアクセントとして映えた見た目にも可愛いスワッグだった。

琉二

うん、期待通りの反応だ。
それじゃ、こっちは?

次に出されたものは、木の実を多用し、リボンなどの装飾をメインとしたスワッグだった。

派手さはないものの、こちらはこちらでかわいくまとまっていて、シックな感じがする。

わぁ~、これもいいですねぇ。
目の前にあったら即買っちゃいそうなくらい、どっちも素敵です。

凜子

ほらね。
楓ちゃんならどっちも良いって言うと言ったでしょ。

凜子さんが胸をそらし、腕を組みながら言った。

琉二

なるほど。結構『かわいい』の範囲って広いんだ。
それじゃ、これは?

そういって次々とスワッグの写真や雑誌に載っているものを見せられた。

どうやら琉二さんは“最近の若い女性の好みの傾向”を探っているらしい。

それも“作られた流行”ではなく、本音としての好き嫌いのようだった。

私もなぜそれがいいのか、良くない物はどこが悪いのかなどをできるだけ具体的に言うようにした。

琉二

……ふむふむ。何となく見えてきたぞ。
あとはどこまで絞るかだな。

全部やっちゃえばいいんじゃないですか?

琉二

それだと仕入れの材料費も掛かるし、使われなかったものが無駄になるんじゃないかと思ってさ。

凜子

余った物はうちで買い取って、お店用のスワッグとして使ってもいいわよ?

凜子

案外、みんなが使わなかった材料が、『こんな形で使えるんだ』っていう良い見本になったりして。

それいいですねぇ。

琉二

……それで良い物ができれば、だけど。

凜子

そこは、“琉二くんの腕”次第ということで、ね。

琉二

……まぁそう来るとは思ってました。

ふふふふ……。

(みんなでアイデアを出しあって、すごく楽しい! このイベント、きっと成功すると思う!)

琉二さんが冷静に意見や情報をまとめ、女性目線から凜子さんや私がそれにまた意見する。

私と凜子さんが少し世代が違うせいでより幅の広い意見が出て、イベントのターゲットとしているお客さんの幅も広げられそうだと思った。

それにしても、改めて思ったけれど、やっぱり琉二さんは見た目と全然違う。

頭もいいのだけど、何より視野が広い。

固定概念や先入観もほとんどなく、出てくる意見をどんどん吸収しては、新しい案を提案してくれる。

加えて聞き上手なんで、思った意見がまるで誘導されているかのように出てくるのだ。

(……琉二さんって、本当にすごい人だなぁ。
花屋さんをやっているのが不思議……というか、もったいないくらい)

琉二さんと楽しそうに話す凜子さんを見ながら、その時初めて『羨ましい』と思った。

(そんな琉二さんと昔から知り合いだったんだよね……って、あれ?)

(私今、変なこと考えなかった? 凜子さんと琉二さんをカップルにするために、今こうして……)

凜子

……って思わない、ねぇ楓ちゃん? ……楓ちゃん?

は、はい、私もそう思います。
絶対そのほうがいいと思いますよ。

適当に話を合わせ、相槌を打ってしまった。

琉二

やっぱり、そういうもんかなぁ。

凜子

………………。

琉二

ところで楓ちゃん、さっきから俺の顔見てぼぉっとしちゃってるけど、ひょっとして惚れたとか?

…………は、はい?

急に突っ込まれてあたふたしてしまう。

いろんな意味で恥ずかしくなり、顔が赤くなっていることを自覚していた。

ええっとですねぇ、真面目に答えちゃいますと、琉二さんはすごい人だと思うんですが……それはありません。

頬を赤らめながら言ったセリフに説得力があったかどうかはわからなかったが、凜子さんの手前、そこはきっぱりと言う必要があった。

琉二

うわっ、マジなやつ来た。
わかっちゃいるけどちょっとショックだなぁ。

琉二さんは良い人だと思うし、こういう関係でなければひょっとすると好きになってたかもしれないけど、今はまだそういう相手には思えない。

(……本当かなぁ)

出会ってまだ数日だし、顔を合わせるのも3度目。
相手のこともよくわかっていないのだからそんなはずはない……。

……と思いたいだけなのかもしれない。

凜子さんがいなければ、あるいは……。

(私がそんな恋愛体質なわけがないじゃない!)

自分で自分を否定した。
少なくとも、自覚がないのは確かだ。

(……気になっていないといえば嘘になるけど……)

凜子

こらこら琉二くん、若い子をからかってそんなに面白いの?

凜子

楓ちゃん、困った顔しちゃったじゃない。

凜子さんが、固まりかけた私に助けの船を出してくれた。

琉二

あっ、ごめん。
軽い冗談のつもりだったんだけど、気を悪くしたら謝るよ。

大丈夫です、冗談なのはわかってますから。

ややこめかみを引きつらせながら、顔だけは笑顔で答えた。

(凜子さんのためにも、私は何も考えないようにしなくちゃ。
琉二さんはただの良い人ってことで……)

また、胸の奥が少し痛くなった気がした。

カフェ・ド・ミュージアム

打ち合わせはその後も進み、イベントの概要も大体決まってきた。

琉二

ま、今日のところはこんなものかな。
続きはまた来週だな。

そういえば琉二さん、花屋の仕事の方は大丈夫なんですか?

琉二

ああ、今日は実質休みの日でさ。
朝の用事が済めば、その後はお休み。

琉二

ま、忙しい時や週によっても多少違うけどね。

そうだったんですね。
でも、せっかくのお休みだったのによかったんですか?

琉二

うちにも関係あることだしね。

琉二

それに、そんなこと言ったら楓ちゃんの方こそ、つき合わせてよかったの?って話になる。
何の得もないんだし。

いいえ。私は凜子さんや琉二さんたちとこうしてお話できることが楽しいし、色々と勉強にもなります。

琉二

そういえば、大学でデザインやってるんだっけ?

ええっと、正確には大学のサークルで半分趣味でデザインをやってるって感じです。

なので今回のイベントでも案内のはがきやチラシ、ポスター制作とかもお手伝いできればと思ってるんです。

琉二

それは心強いな。
凜子さん、時給弾まなきゃ。

凜子

わかっています。ねー、楓ちゃん。

凜子さんがかわいい顔をして微笑んだ。
その笑顔は、普通の男性なら一発で撃沈だろう。

い、いえいえ、お店のワッフルだけでバリバリ働きますから。

凜子

だーめ。昨日も言ったでしょ。
逆にちゃんと取るもの取ってもらわないと、お仕事頼めないもの。

凜子

それに、楓ちゃんにはうちの広報になってもらわなくっちゃね。
うふふふ……。

こ、広報ですか。はい、頑張ります!
作ったチラシのご近所へのばら撒きなんかも任せてください。

凜子

ふふふっ、ありがとう。

(凜子さんたちの役に立てて、それでお店が繁盛するのなら本当に嬉しい)

(それに、今こうしていることが何より楽しく思える)

(できれば、この時間が永遠に続けばいいのに……なんて)

それは無意識から出た思いだったのかもしれない。

このままずっと変わることなく、三人の時間が続けばいいと。

そう、二人ではなく三人の時間が……。