ラインの館
~3話~

カフェ・ド・ミュージアム

私が部屋に飾るお花を買った翌日、渡し損ねたものがあると、凜子さんのお店にまで届けに来てくれた花屋の琉二さん。

だけど、二人は昔からの知り合いで、『何かある!』と私の女の直感が騒ぐのだった。

(ひょっとすると、ひょっとするかもだし、どう見てもお似合いのカップルだもんね)

(余計なお世話かもしれないけど、二人が会える時間をもっと増やしてあげられたら……)

それじゃ、今日はご一緒にいかがですか?

隣のイスを引いて、ささっ、どうぞと言わんばかりに笑顔を作る。

琉二

え、いいの? いつものランチタイムを邪魔しちゃって?

邪魔だなんてとんでもない。
私も昨日のお花のお礼を言わなきゃと思っていたんです。

そうだ! 私昨日買ったバラの写真を凜子さんに見てもらおうと持ってきてるんです。

琉二さんも見てやってくださいよ!

私はスマホを操作して、さっきまで凜子さんに見せていた写真を画面に出した。

琉二

あ、マジで? へーっ、どれどれ~。

琉二さんが私の肩越しにスマホを覗き込む。

ふと気づくと、思ったより琉二さんの顔が近く、彼の体温すら感じられた。

(……あっ、近い……)

瞬間、昨日も感じた胸の奥を締め付ける“きゅん”とした感覚を覚えた。

(近くで見ると本当にイケメンだ……)

琉二

おっ、結構想像してたのと近い感じの部屋だね。
うん、思った通りの雰囲気でよかった。

琉二

バラの存在感がしっかり出てて、生き生きして見えるよ。
上手に飾ってあるね。

そう言いながら、琉二さんは私が引いた隣の席に着いた。

はい!

なんだか琉二さんに褒められたことがとても嬉しく、顔の筋肉がだらしなく緩んでしまう。

凜子

ほんと、いい感じだよね。
楓ちゃん、飾り付けの才能あるよ。

いえいえ、そんなぁ。
(って、私が持ち上げられてどうするのよ!?)

凜子さん、私と琉二さんのワッフルをお願いしまーす!

凜子

はいはい。そうだったわね。
注文入りまーす、ワッフル2でーす。

凜子さんが調理場の人に聞こえるように少し大きめの声でオーダーを告げた。

そのタイミングを見て、私はすかさず本題に入った。

そういえば、凜子さん昨日、『最近少し売上が少なくて困ってる』って言ってたじゃないですか。

凜子

え、ええっ、言ったけど、どうしたの急に?

いえ、少し思ったんですけど、せっかく琉二さんがお花屋さんやってて、すごく才能あるんですから、このお店を使って何かイベント……例えばフラワーアレンジメントの講習会や教室とか開いてみたらどうですか?

凜子&琉二

ええっ!?

そしたら、お店に女性客が増えると思うんで、そのうち男性客も増えますよ。
ビジネスのセオリーですから。

琉二さんのほうも『イケメン店長』として女性客が呼べれば、ネットとかSNSで話題になって、花屋さんのほうへもお客が流れてくると思うんですよ。
どうですか?

琉二

どうって、こっちはそこまで困っちゃいないけど、まぁ凜子さん次第なんじゃね?

凜子

そりゃ、お店としては助かるけど……、お客さん、来てくれるかなぁ?

琉二

……普通のフラワーアレンジメントだとインパクトがないんで、そうだな……あの『スワッグ』とかならどう?

琉二さんはそう言いながら壁に飾ってあった花飾りを指差した。

それは前から私も綺麗だなと思っていた、花束を逆さまにしたような花飾りだった。

あれ、スワッグって言うんですね。

琉二

ああ。ドイツ語で『壁飾り』っていう意味でね。
向こうでは昔から魔除けとしても使われてたんだ。

琉二

作るのも簡単だし、生花やドライも使えるんでアレンジの幅も広げられて、最近初心者にも人気なんだよ。

うん、それだ!

私はぱちんっと胸の前で手を合わせた。

凜子

確かに、スワッグならいいかも。
時間ともに枯れてドライになっていく過程も楽しめるのよね。

わぁ~、素敵! 私も覚えたい!! 前からすごく気になってたんですよね。

じゃあもう、スワッグの制作教室で決まりってことで!

(なんてとんとん拍子に話が進んでくれたんだろう! これで二人の仲は確実に進展するね……)

凜子

ちょ、ちょっと待って。
アイデアはすごく良いと思うんだけど、本気でやるなら準備やら告知やら、色々とやらなきゃいけないことがたくさんあって、私と琉二くんだけじゃちょっと難しいじゃないかと思うの。

(…………!?)

凜子

だから、楓ちゃんも手伝ってくれる?

えっ、私がですか?

(そんなことしたら、せっかくの二人の時間が……)

琉二

ああ、俺もそのほうが助かるかなぁ。
店をほったらかしにできないし、告知とかよくわかんないし。

凜子

確か楓ちゃん昨日言ったよね? 何かあれば手伝ってくれる、って。
webやデザインのサークル入ってるって。

凜子さんが爽やかすぎる笑顔で畳み掛けてきた。

……ええっと、言いました……はい。

凜子

よかったぁ~。
楓ちゃんがいれば怖いものなしだわぁ。

凜子

琉二くんとだけじゃ、やっぱり不安だもんね。

琉二

……頼りにならなくてすみませんねぇ。

琉二さんがそう言いながら、ぷいとすねるように口を曲げた。

凜子

あらぁ、そんなことないわよ。
なんといってもこの企画の柱は琉二くんの『教室』だもの。

凜子

それが話題になってもらわないと、何も始まらないしね。
期待してるわよ、“りゅうじくん”。

凜子さんはおだてたセリフの最後に合わせて、琉二さんの額を人差し指で優しく突いた。

突いたというより、優しく触れた感じに近かった。

本来の計画が頓挫してしまった私を置いたまま、二人の会話がどんどん進む。

それはそれでいいのだけれど……。

琉二

ま、楓ちゃんがいれば何とかなるかな。

そう言われてびくっとなる。

(な、何で二人とも私への期待がそんなに高いのよ!?)

最初から目的が違う(二人のため)だけに、こちらへ振られるとしどろもどろになる。

……でも、私それほど役には立たないような……。

本音の弱気な声が口を突いて出た。

だが、それをかき消すように凜子さんが言った。

凜子

大丈夫だって!

凜子

ちゃんとお手伝いしてくれた分はバイト代も出すし、必要な経費は全部お店が持つから。

(い、いえ、そういうことでは……)

気にしているポイントがずれている凜子さんだが、その言葉が外へは出ることはなかった。

琉二

あと、作業してる時に出るワッフルとかの食い物は、“まかない”としてタダでもらっておけばいいよ。

(そ、それはちょっとそそる条件……)

ええっ、そんなぁ。
そこまでやってもらうとかえって申し訳ないですよ。

凜子

いいのよ。そういった費用も全部気にしなくていいから。
それでお店が繁盛するなら安いものよ。

……そ、そうなんですか……。

私は二人の勢いに気後れしてしまっていた。

(とりあえず、朝以外に二人が会える機会が増えたんだから……ま、いいか)

二人の会える機会が増えたのが嬉しかったのは事実だが、それよりも、少しでも凜子さんの役に立てたことが嬉しかった。

私は引きつった笑顔を作りながら言った。

……わかりました。

私自身この企画の言い出しっぺなので、ちゃんと成功するように最後までお手伝いさせていただきます!

(……お二人の邪魔をしないように)

……と、心の中で付け加えた。

凜子

まぁ、本当に!! ありがとう、楓ちゃん!

凜子

あっ、ちょうどワッフルもできたみたいだし、ささっ、食べて食べて。

ほのかに甘い匂いが鼻の先に広がった。

店の奥から出来立てのワッフルを受け取った凜子さんは、私と琉二さんのいるカウンターの前にお皿を置いた。

琉二

おっ、ひっさしぶりだぁ~。
やっぱ凜ねぇ……凜子さんとこのワッフルはヤバいよね。

琉二さんの目がキラキラしていた。
男の人でもこういうので目が輝くものだと初めて知った。

琉二さんの場合、見た目とのギャップがありすぎるだけに、余計新鮮というか、“斬新”なくらいのような気がする。

(でも、なんだかかわいい……)

そんなことを考えながら、私も出来立てのワッフルに手をつけた。
と、同時に隣から奇声が上がる。

琉二

うま~い! そうそうこれこれ!! 超美味いんですけど。

琉二さんは貪るようにワッフルに食らいついていた。

私も負けじと声を上げる。

う~ん、いつも食べてるけど、本当に美味しぃ~。
もう毎日でも食べたいくらい。

凜子

うふふふ……。
二人とも、ちゃんと朝ごはんを食べてきてるんでしょ?

もちろんです! おなかが満腹でも、ここのワッフルは美味しいんですって!

琉二

異議な~し。
もぐもぐもぐ……。

琉二さんが食べながら片手を挙げた。

やっぱり、もっと広めないとですよね?

琉二

うん、もったいないよな。
……楓ちゃんさぁ、いつからさっきの企画動けそうなの?

私はいつでも大丈夫ですよ。
なんなら、明日からでも。

琉二

おおっ、そりゃいいね。

凜子

ちょ、ちょっとそれは、こっちの準備ができてないって。

琉二

ああ、その点は大丈夫だよ凜子さん。

琉二

まずは俺のほうの準備もあるから、しばらくは楓ちゃんに“素人目線”での話を聞きたいんだ。

琉二

スワッグといっても色々あるし、単に作るってだけじゃなくて、どういった使い方をしたいかとか、どういう感じのものが受けるか、とかね。

凜子

確かにそれは大事だよね。

琉二

ということで、凜子さんは場所だけ貸してもらえれば、しばらくは大丈夫。
内容が決まったら動いてもらうんで。

琉二

ああもちろん、凜子さんは内容にも口出してくださいよ。

凜子

それなら助かるわぁ。このお店でよければいくらでも使ってちょうだい。
いつでも空いてるし。

凜子さんに、自嘲を含んだ笑みがこぼれた。

――それにしても。

(なんか、琉二さんって凄い人なのかも……。さすが社会人って感じ)

(私、本当に役に立つのかな……?)

思いつきで出したアイデアだったが、怖いくらいサクサク話が進んだせいで、私自身、無計画なことに気がついた。

そう思うと急にいろんなことが不安になってくるのだが。

琉二

とういうわけで、早速明日からよろしく頼むね、楓ちゃん。

そう言ってにこりと微笑む琉二さんの笑顔を見ていると、何だってできちゃいそうな気がしてきた。

は、はい。
こちらこそ、よろしくお願いします。

私の意図とは少し違った展開ではあったけれど、凜子さんと琉二さん、二人のために考えた計画は、ゆっくりと進みだしたのだった。

その後に起こる大波乱のことなど知る由もなく……。