ラインの館
~6話~

楓の部屋

ふーっ。今日は疲れた……。
でも、イベントが成功してよかった。

私はお店での打ち上げを終え、自分の部屋に戻り一人胸を撫で下ろしていた。

(参加者も2、3人来ればいいほうだと思っていたけど、本当によかった。
みんな満足してくれていたみたいだし)

(凜子さんも、琉二さんも喜んでくれてたしね)

さっきまで一緒だった、嬉しそうな二人の顔を思い出す。

(こんな私でも、少しは役に立てたかな?)

そんなことを考えながら、琉二さんに選んでもらった一輪挿しのバラをじっと見た。

最初に買ってから、もう何度か買い直しているオレンジ色のバラだった。

(……琉二さん……。凜子さんのこと、どう思ってるんだろう……)

私は部屋の中で毅然と咲いているバラの花を見ながら、溶けるようにしてベッドに潜り込んだ。

カフェ・ド・ミュージアム

翌日。

おはようございまーす!

私はいつもの時間に、お店のドアを勢いよく開けた。

カフェ・ド・ミュージアム

…………ん!? あれ?

入ってすぐ、その違和感に気がついた。

店内のお客さんはいつもと同じか、多少多いくらいだったが、凜子さんをはじめとするスタッフ全員が電話に出たり、携帯を肩で挟んでモニターを見ながらキーボードをカタカタ鳴らしたりと、狭いお店の中を右往左往している。

凜子

『あ、はい、ありがとうございます。詳細が決まり次第、改めて折り返しのお電話をさせていただきますので……』

これって……。

聞こえてきた電話の内容や、パソコンを触る他のスタッフさんをよく見ると、全員外部の問い合わせに応対していた。

いつもの私の席には、何かの書類がどさっと置かれていた。

凜子

あっ、楓ちゃん、ちょっとゴメンね。どこか適当に空いてるとこに座ってて。

電話を切ってすぐの凜子さんが、続けざまに鳴った受話器を置かずに取った。

凜子

『はいもしもし、カフェドミュージアムでございます。次回のフラワーアレンジメントイベントにつきましては……』

(……!? やっぱり!!)

気になった私は、適当な場所に座り、スマホで何か情報が何かを調べてみた。

――すると。

『昨日、神戸の北野異人館のカフェでスワッグの制作教室みたいなイベントがあったんだけど、すごく良かった!』

そういった見出しのSNSや呟きがチラシと一緒に拡散されており、中には自分で作った作品の写真や、いつ撮ったのか、イベントの様子をアップしている人もいた。

すごい勢いで『いいね!』されてる!

『かなり風変わりなイケメンのフラワーコーディネーターが講師をしている!』

“かなり風変わり”……琉二さんのことだよね。
うん、納得。

『今度いつそのイベントやるのかな? 次回は私も行ってみたーい!』

……なるほど。
このネットを見た人達が、お店に電話やメールで問い合わせをしてきてるんだ。

まさかこんなに早く、これほどの反響があるなんて!

改めてSNSでの情報拡散の影響を思い知った。

凜子

楓ちゃん、さっき琉二くんにも電話して今こっちに来てもらってるから、来たら次のイベントの話をしてもらっていい?

……え、は、はい。

私が言い終わると同時くらいに、琉二さんがお店にやってきた。

琉二

おおっ、客はいないのになんか忙しそうじゃないの。

琉二さんもいつものお店の雰囲気とは違うことがすぐにわかったようだ。

凜子

余計なこと言わないの!

凜子

とにかく次回のイベント問い合わせが多すぎて、このままだと商機を逃しちゃいそうなんで、とりあえず内容詳細はともかく、日付だけでも先に決められればと思って。

琉二

まぁ、内容は前回と同じで問題ないっしょ。
なんとなく要領も掴めたし。

凜子

そうね。問題ないと思う。
ただ、人数が読めないから、2部制にしたほうが良いかもしれないわね。

絶対そのほうがいいですよ! これだけの反響があるんですし、今後もっと広がりますよ!

参加希望者があんまり多いと、抽選とかも考えないといけないんで、早めに告知をしていかないとですね。

凜子

そうよね。ネットのほうは悪いけど、楓ちゃんに全部任せちゃうから、よろしくお願いね。

了解です。日にちと定員さえ決まれば、今日中に最新情報をアップします!

凜子

助かるわ。じゃ、琉二くん、次はいつにする?

そう言ってる間にも、問い合わせの電話の呼び出し音が鳴り響いた。

凜子

ちょっと、楓ちゃんと相談してて。

凜子

『……はい、カフェドミュージアムでございます……』

電話応対している凜子さんを横に、私と琉二さんは話を続けた。

なんだかすごいことになってますね。
これも、琉二さんのイベントの内容が良かったからですね。

琉二

みんなでいろんなアイデアを出しあったからだと思うぞ。
それこそ、楓ちゃんのチラシもバッチリだったんじゃない?

どう考えても琉二さんの話す内容が良かったからなのに、こういうところでも天狗にならないのはさすが大人だ。

琉二

まあでも、イベントだけじゃなく、店の場所の問い合わせも結構あるって言ってたから、昼からは客が増えるな。

琉二さんは穏やかに笑いながら、凜子さんを眼で追っていた。
本当に自分のことのように嬉しいのだろう。

え、そうなんですか! よかったぁ!

もちろん私も心底嬉しかったが、そんな琉二さんを見ていると、ただ浮かれているだけの私とは違い、これまで遠くで支えてきた人というか、……ほんの少し、二人との間に距離を感じてしまった。

(……やっぱり、琉二さんは優しいな)

琉二さんの目を盗むようにして、私は彼を見つめていた。

それに気がついたのかどうかはわからなかったが、琉二さんが話題を戻すように声のトーンを変えて言った。

琉二

……で、次のイベントいつ頃がいいと思う?

そうですねぇ……さっきも言いましたができればあまり間を空けずに、早めにやった方がいいですよね。

“鉄は熱いうちに打て”ってやつです。

琉二

だよな。それじゃ…………。

カフェ・ド・ミュージアム

……といわけで、内容もまだ詳しく決まってない第2回目のイベントは、1ヵ月後に開かれることになった。

定員は前回の3倍。
午前中と午後の部の2部制にすることとなったのだった。

私はすぐさまそのことをインターネットで告知したが、その翌日には定員が全て埋まるという、告知即完売状態となったのだった。

これには、私だけじゃなく、凜子さんも琉二さんも驚きを隠せなかった。

カフェ・ド・ミュージアム

それから1週間ほどが経った。

イベントの日以降、お店にやってくるお客さんも目に見えて増えていき、店の看板メニューだった“ワッフル”の評判も次第に全国区となっていった。

(最近、私の指定席が空いてないことも多くなってきたんだよね……)

(それだけお店が繁盛してるってことだから、いいことではあるんだけど)

凜子

このままだと人手が足りないかも。
よかったら楓ちゃんもお店のアルバイトのこと、考えておいてちょうだいね。

わ、私がですか!?

(全然ここでバイトするのが嫌なわけじゃないんだけど、私は凜子さんたちを見ている方が好きかも……)

(というか、私自身の裏側を見られるのが嫌なのかも……。
失敗とかもできないし……)

凜子さんは私の反応が意外だったのか、少し驚いているように見えた。

イベントの日以降変わったことの一つとしては、明らかに琉二さん目当てで来ている人が増えたということだ。

これまでも開店前以外はほとんどお店には顔を出さなかった琉二さんだが、どうやら、『運がよければ会える』のような変なデマが流れたらしい。

確かに以前よりはイベントの打ち合わせでお店に来る機会は増えたが、ラインの館(花屋)の方が確実に会えるのにと。

(そのうち、そういった情報も出回るんだろうな……)

――と、そんなことを考えていると。

カランカランっと乾いた音が聞こえた。
入り口のドアに付けてある来客用の呼び鈴が鳴ったのだ。

一瞬、お店の中が小さくざわついた。

そう、今日は琉二さんとの次回イベントの打ち合わせの日なのだ。

凜子さんが出迎え、私たちはお店の奥の空いてる席へ向かった。

お客さんとして来ていたほとんどの女子の目線が、琉二さんを追うように見ていた。

当の琉二さんは、そのことにはほとんど気がついていないようだが。

席に着くなり、開口一番私は琉二さんに言った。

琉二さん目当ての人、結構来てるみたいですよ。

琉二

え、マジで!? そういえば、向こうの店にも最近少し女の客が増えたような。

琉二さんは心なしか、喜んでいるように見えた。

凜子

あらあら、琉二くんモテモテじゃない。
人生初の“モテ期”なんじゃない?

琉二

凜姉、ひどいなぁ。知ってるくせにぃ。
俺はモテないんじゃなくて、バリバリの硬派だったの。見ればわかるでしょ。

そう言って自慢の髪型を強調するポーズをとる琉二さん。
『凜姉』は久しぶりに聞いたような気がした。

凜子

ちっちっ、『凜子さん』ね。
まぁ確かに、琉二くんはモテなくはなかったよね。

凜子

案外堅物なのが周りに広まって、結果的に言い寄ってくる女子は少なかった、って感じではあったけど。

へー、そうなんですか。
今の人当たりのいい琉二さんからは想像できないですね。

凜子

……そうよね。

(……凜子さん、同級生とかじゃないのに、琉二さんのことよく知ってるなぁ。
弟さんと本当に仲がよかったんだ)

(やっぱり……ちょっと羨ましい……)

琉二

よし、それじゃいつか、男だけの『モテる生け花教室』とかもやってみるか。

琉二

お店としても、男の客にも来てもらわないと困るし、お店にはこんな美人が2人もいるんだし。

(……美人って、私も入ってる……?)

顔がかぁっと熱くなった。
耳まで赤いのが自分でもわかる。

凜子

うふふふっ……。
美人なのは本当だとしても、楓ちゃんがバイトしてくれるとは限らないわよ?

琉二

あれ、そうなの?

いえ、……私は特に……何も……。

普段言われ慣れてない言葉のせいで、私の頭の中はまだ真っ白だ。

凜子

それよりも、琉二くんに男性ファンが増えたりして。たくさん薔薇が売れていいかもよ……。
うふふふっ……。

琉二

げっ、それって、そっち方面の人ってこと? いやいや、それだけは勘弁!

琉二さんは大きく頭を振りながら苦笑した。

なぜバラがたくさん売れるのかは、よくわからなかったが。

凜子&楓

うふふふ……、ははは……。

凜子さんにつられて、私も我慢できずに吹き出してしまった。

でも、冷静になって考えてみると、おそらく琉二さんは本気で男性客用のイベントも考えたいのだろうと思う。

彼はいつも、このお店が繁盛することを第一に考えているんだと思った。

私はいつしか、凜子さんだけではなく、琉二さんの笑顔も見たいと思うようになっていた。

(二人の笑顔が見られるなら最高じゃない……。最高のはずなんだけど……)

そう思っているはずなのに、やはり胸の奥が痛む。

(……私やっぱり、琉二さんのことが好きなんだなぁ)

もう自分でも隠しきれない想いであることがわかってしまった。

(……凜子さんと琉二さんをくっつけるつもりだったのに、なんでこうなっちゃったんだろう……?)

凜子

………………。

私を見る凜子さんの表情が、少し曇って見えた。

琉二

あー、何か変な話したらトイレに行きたくなった。
ちょっとトイレ借りますね。

そう言って琉二さんは、席の近くにあるトイレに向かって歩いていった。

――とその直後。

少し大きめの音で、カランカランと入り口のドアが鳴った。

凜子

いらっしゃい……ま……

いつものように接客しようとした凜子さんの動きが止まった。

???

……ほぉ。こんなところにいたのか。
やっと見つけたぜ、“凜子”。

そこには、30歳くらいの黒系のスーツを着た少し怖そうな男の人が立っていた。

凜子

……貴方は……!?

その男性を凝視する凜子さんの表情は、見る見る険しくなっていった。