【==== 絵画教室 ====】
そして、また次の休日……。
今回も晴れてよかった。予定通り、動物園で写生会としましょう。
はーいっ。
わたしは他の生徒たちと同じように、明るい声でジュゼッペ先生に返事をした。
動物園に向かう足取りが軽いのは、もちろん今は動物が怖くないからっていうのもあるけど……。
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【==== 動物園園内 ====】
それでは、一旦解散。皆、他のお客さんに迷惑をかけないようにね。
はーい。ユッコ、一緒に行こ~。
んー、今日は何描こうかな……。
(……えっと、待ち合わせた場所は……)
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【==== 動物園園内 ====】
あっ、いた……!
やあ、ひかりちゃん。
今日も元気そうだな。
こんにちは~。
そう。今日は写生会のついで……と言っては何だけど、要くんと樹さん、それに2人の友達のお姉さんとも会う予定になっていたのだ。
軽い挨拶を交わした後、わたしはお姉さんの方に向き直る。
初めましてっ、わたし、塩屋ひかりっていいます。
初めまして。私は武庫川千種っていうの。こっちの2人との関係は――
樹さんのガールフレンドだよ。
女性の友達……。うん、合っているな。
……はいはい。
呆れ笑いをこぼして、千種さんが肩をすくめた。
気さくな雰囲気に、わたしはすぐ千種さんを好きになる。
ひかりちゃん、今日は写生会なんでしょ? どの動物を描くか、もう決めてる?
うん、小太郎っていう子熊を描こうかなと思ってるの。ニュースとかで見たかもしれないけど……
あ、見た見た! 最近入って、一度大脱走しちゃった子だよね。
そう、その子。……そういえば千種さんは、この動物園に来たことある?
結構来るよ~。私、写真が趣味なんだ。仕事もあるから、すごく頻繁ってわけじゃないけどね。
要くんから聞いたけど、ひかりちゃんはかなり通いつめてて、この動物園には詳しいんだって?
そ、それほどでも……。だけど、ここの職員さんはみんな動物を大切にしてるし、優しいし、すごく好き。
獣舎も色々工夫がしてあって面白くて……。千種さんはお気に入りの子とかいる?
そうだなぁ、私はね……
…………女性同士の会話には割り込みにくいな……。
そう尻込みしないでってば。
ああ、ごめんごめん、こっちで盛り上がっちゃって。
せっかく樹がいてくれるんだもん。4人で話そう。
あ……。確か樹さんって、普段は海外で暮らしてるんだっけ。
うん。今までは年に1ヶ月くらいしか日本にいなかったんだって。
でも今年は私と要くんに会いに、長めに滞在期間取ってくれてるの。
千種と要に会いに……というか。
正直要は昔からの馴染みだし、毎年会っていたし、見慣れている。
日本に戻って会いたかったのは、主に千種にだな。
………………。
まーたそういう友達甲斐のないことを……。
要くんは面白がるように笑って、千種さんは赤くなってぷいと顔をそむける。
……無視されたんだが、私はまた何か悪いことでも言ったか?
自分で考えたら。
またそういう友達甲斐のないことを……。
……樹さんと要くんって、案外似たもの同士なのかなぁ。
え……そう?
何かああいう、さらーっと女の子が喜ぶようなこと言うとことか。
ああ~……わかる。
ん? 何か言った?
なーんでも!
なんでもな~い。
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【==== 動物園園内 ====】
それからわたしたちは、半分くらいの動物を見て回った後、ベンチに腰かけてお弁当やパンで昼食をとった。
そうしているうち、先に食べ終わった要くんと樹さんの間で会話が盛り上がる……
というか、説教のようになっていく。
だからさ、樹さんはその「どう思われても構わない」って態度を改めるべきだよ。
いや、人には思想の自由というものがあってだな……
もちろん考え方を強要するのはいけないけど、理解してもらおうって努力を怠るのもダメだってこと。
ただでさえハンターって誤解を受けやすい職業なんだからさ。
撃つことは娯楽じゃなくて、人と自然との関係を保つために必要なことだっていうのを……
しかしだな、駆除や捕獲が人の都合にもとづいていることは事実であって……
……あのふたりっていつもあんな感じ?
そうね~。要くんって普段は丁寧だし優しいんだけど、樹に関しては遠慮ないのよ。
樹が年上だから甘えてるの半分、頼られるから保護者気分なの半分ってとこかな。
そうなんだぁ。仲良いの、羨ましいな。
わたしはというと、千種さんと話しながら鉛筆を持った手を動かしていた。
スケッチを続けていると、通りがかった三咲さんがわたしたちの方へ歩いてくる。
どーも、こんにちは。
こんにちは。あなたも絵画教室の生徒さん?
ええ、ひかりちゃんには期待してて。
ひかりちゃん、今日は何の動物を描いてるのかな?
えっとね、これ。
……あぁ……。まあ、動物といえば動物か。
わたしの絵を覗いて、三咲さんがぷっと吹き出す。
すると、見回りをしていたジュゼッペ先生もこちらにやってきた。
千種さん。絵画教室のジュゼッペ先生だよ。
初めまして。わあ、芸術家って感じの素敵な方ですね。
はは、綺麗なお嬢さんにそう言ってもらえて光栄だ。
ここに美女が3人もいるというのにあちらの男性2人は口喧嘩なんて、野暮なことだね。
……美女が『3人』って。
ふふっ、お上手なんですから。
先生、それわたしも入ってるの?
もちろんだよ。……ひかりは何を描いていたんだい?
スケッチを見た先生は、要くんたちの方に一度目をやって、おかしそうに微笑した。
これは傑作だな。今までで一番、モデルの『いい表情』が描けているんじゃないか。
…………んっ?
そんなやりとりに、彼らはやっと自分たちに視線が集まっているのに気づいたらしい。
……あ、もしかして僕たちを描いてた!?
…………見たい。
恥ずかしいからダメ~。
あはは。2体の動物が描いてあるだけよ。
動物……。……きっと樹さんみたいにぬぼーっとしたカピバラでも描いてあるのかな。
何故カピバラなんだ。喩えられるならもっと格好いい方向の動物がいい。カンガルーとかアリクイとか。
樹さんのセンス一般からズレてると思うよ。
クジラもいいな。あれは腎臓が3000個あるそうだ。あとストーウェオーユーエとか。
クジラとマイナーな未確認生物をナチュラルに同列で扱うとことか本当天然だよね。
……要を動物に喩えるなら狐だな。
どういうところが?
色々な意味でとても頭のいいところだ。
それ絶対、ずる賢いとか意地悪とかの意味で言ってるよね。
……も~、喧嘩しないの。まだ完成してないけど、仕方ないなぁ。
どっちもハズレ。わたしが描いてたのはカピバラでも狐でもないから。
うちのクラスの男子みたいな言い合いをし始める2人に、わたしは笑って絵を見せた。
……あ……
…………。
……そこに描かれているのは、仲良く笑顔で話している2人の姿だ。
わたしにはこう見えたよ。
……樹さんのこと、かっこよく描きすぎじゃないかな?
要の笑顔はもっと企みが滲んでいる。
負け惜しみだ、負け惜しみ。
ひかりが一枚上手だったね。
……ん……
要くんはちょっと照れくさそうにして、そして……
誰かさんより、ひかりちゃんの方が見る目があるよね。
わっ……!
手を伸ばして、わたしの頭をくしゃっと撫でた。
お……。
あっ、もう。女の子の髪に遠慮なく触るなんて。
……ひかり。やはり今からでも将来を考え直した方がいいのではないかと思う。
だから何言ってるの、樹さんは。
(……頭、撫でてもらっちゃった)
…………まあ、ひかりがどうしてもと言うのなら、応援することはやぶさかではないが。
えへへ……ありがとう。
…………ふうん?
何、千種さん。樹さんの言ってる意味わかるなら、通訳してくれる?
ダメ。自分で考えなくちゃ。
……???
首を傾げる要くんがかわいく見えて、わたしはくすくすと目を細めていた。
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【==== 動物園園内 ====】
この動物園って、中に遊園地があるのよ。樹、興味ある?
……絶叫系は遠慮させてくれ。
あはは、そこまで激しいのはないわよ。子ども向けだもの。
しばらくして、わたしたちはまた動物園巡りを再開していた。
ふいに、要くんがわたしにだけ聞こえる声で囁く。
……ねえ、ひかりちゃん。協力してくれない?
協力?
わざとはぐれようかと思って。
……! それ、ドラマとかで見たことある……!
定番であり、王道でもあるよね。
ちょうどその時、団体らしい大勢のお客さんが、わたしたちと樹さんたちの間に入る。
……よし、今だ。
チャンスだね!
要くんに手を握られてドキッとしたけど、わたしは勇気を出して彼の指先を握り返し、一緒に駆け出した。
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【==== 動物園園内 ====】
はぁ~……。
ふふっ、もう樹さんたち、完全に見えなくなっちゃった。
一応『はぐれちゃったからこの後は別行動で』ってメールしておこう。
樹さんは手間がかかるんだから。
楽しげに要くんが携帯を操作すると、数分で返信が戻ってくる。
あはは。千種さん、『も~、白々しい。でもありがと』だって。
あっちはこれでよしっと。じゃあひかりちゃん、そろそろ小太郎のところに行こうか。
あんまりのんびりしてると、絵を描く時間がなくなっちゃうしね。
そうだね、行こう。
クマ舎に近づいていくと、遠目にも小太郎が元気に遊んでいるのが見えた。
無邪気なその様子に、何だか背中を押されたような気がして。
わたしは思い切って、ずっと考えていたことを口にしてみる。
……ねえ、要くん。
わたしね、将来のことについてちょっと考えてみたの。
将来のこと……?
うん。要くんを見てて……大きくなったら、わたしも動物園で働きたいなって思ったんだ。
…………!
飼育員とか、獣医とか……そのお手伝いをする人とか?
わたしに色んなことを教えてくれたり、温かい気持ちにしてくれた動物たちに、恩返しがしたいんだ。
わたしにできるかどうかわからないけど……。
ひかりちゃんなら、きっとできると思うよ。
夢は必ず叶うなんて、軽い気持ちで言えることじゃないけど……
僕は真剣に思ってる。ひかりちゃんなら大丈夫だろうって。
……要くん。
もしかしたらいつか、一緒の職場になったりしてね?
……う、うん。そういうことがあったらいいな……!
クマ舎に到着して、小太郎をスケッチする準備を始める。
見守ってくれる要くんの優しい視線を感じながら、わたしは手元の画用紙には小太郎の姿を……
そして心の中には、キラキラした未来を描いていた。
(今は背伸びしても、全然届かないけど……絶対に追いついてみせるから)
(どうか待っててね、要くん……!)