ハンター邸
~10話~

【==== 絵画教室 ====】

そして、また次の休日……。

ジュゼッペ

今回も晴れてよかった。予定通り、動物園で写生会としましょう。

ひかり

はーいっ。

わたしは他の生徒たちと同じように、明るい声でジュゼッペ先生に返事をした。

動物園に向かう足取りが軽いのは、もちろん今は動物が怖くないからっていうのもあるけど……。

【==== 動物園園内 ====】

ジュゼッペ

それでは、一旦解散。皆、他のお客さんに迷惑をかけないようにね。

絵画教室の生徒

はーい。ユッコ、一緒に行こ~。

絵画教室の生徒

んー、今日は何描こうかな……。

ひかり

(……えっと、待ち合わせた場所は……)

【==== 動物園園内 ====】

ひかり

あっ、いた……!

やあ、ひかりちゃん。

今日も元気そうだな。

???

こんにちは~。

そう。今日は写生会のついで……と言っては何だけど、要くんと樹さん、それに2人の友達のお姉さんとも会う予定になっていたのだ。

軽い挨拶を交わした後、わたしはお姉さんの方に向き直る。

ひかり

初めましてっ、わたし、塩屋ひかりっていいます。

千種

初めまして。私は武庫川千種っていうの。こっちの2人との関係は――

樹さんのガールフレンドだよ。

女性の友達……。うん、合っているな。

千種

……はいはい。

呆れ笑いをこぼして、千種さんが肩をすくめた。

気さくな雰囲気に、わたしはすぐ千種さんを好きになる。

千種

ひかりちゃん、今日は写生会なんでしょ? どの動物を描くか、もう決めてる?

ひかり

うん、小太郎っていう子熊を描こうかなと思ってるの。ニュースとかで見たかもしれないけど……

千種

あ、見た見た! 最近入って、一度大脱走しちゃった子だよね。

ひかり

そう、その子。……そういえば千種さんは、この動物園に来たことある?

千種

結構来るよ~。私、写真が趣味なんだ。仕事もあるから、すごく頻繁ってわけじゃないけどね。

千種

要くんから聞いたけど、ひかりちゃんはかなり通いつめてて、この動物園には詳しいんだって?

ひかり

そ、それほどでも……。だけど、ここの職員さんはみんな動物を大切にしてるし、優しいし、すごく好き。

ひかり

獣舎も色々工夫がしてあって面白くて……。千種さんはお気に入りの子とかいる?

千種

そうだなぁ、私はね……

…………女性同士の会話には割り込みにくいな……。

そう尻込みしないでってば。

千種

ああ、ごめんごめん、こっちで盛り上がっちゃって。

千種

せっかく樹がいてくれるんだもん。4人で話そう。

ひかり

あ……。確か樹さんって、普段は海外で暮らしてるんだっけ。

千種

うん。今までは年に1ヶ月くらいしか日本にいなかったんだって。

千種

でも今年は私と要くんに会いに、長めに滞在期間取ってくれてるの。

千種と要に会いに……というか。

正直要は昔からの馴染みだし、毎年会っていたし、見慣れている。

日本に戻って会いたかったのは、主に千種にだな。

千種

………………。

まーたそういう友達甲斐のないことを……。

要くんは面白がるように笑って、千種さんは赤くなってぷいと顔をそむける。

……無視されたんだが、私はまた何か悪いことでも言ったか?

自分で考えたら。

またそういう友達甲斐のないことを……。

ひかり

……樹さんと要くんって、案外似たもの同士なのかなぁ。

千種

え……そう?

ひかり

何かああいう、さらーっと女の子が喜ぶようなこと言うとことか。

千種

ああ~……わかる。

ん? 何か言った?

千種

なーんでも!

ひかり

なんでもな~い。

【==== 動物園園内 ====】

それからわたしたちは、半分くらいの動物を見て回った後、ベンチに腰かけてお弁当やパンで昼食をとった。

そうしているうち、先に食べ終わった要くんと樹さんの間で会話が盛り上がる……

というか、説教のようになっていく。

だからさ、樹さんはその「どう思われても構わない」って態度を改めるべきだよ。

いや、人には思想の自由というものがあってだな……

もちろん考え方を強要するのはいけないけど、理解してもらおうって努力を怠るのもダメだってこと。

ただでさえハンターって誤解を受けやすい職業なんだからさ。

撃つことは娯楽じゃなくて、人と自然との関係を保つために必要なことだっていうのを……

しかしだな、駆除や捕獲が人の都合にもとづいていることは事実であって……

ひかり

……あのふたりっていつもあんな感じ?

千種

そうね~。要くんって普段は丁寧だし優しいんだけど、樹に関しては遠慮ないのよ。

千種

樹が年上だから甘えてるの半分、頼られるから保護者気分なの半分ってとこかな。

ひかり

そうなんだぁ。仲良いの、羨ましいな。

わたしはというと、千種さんと話しながら鉛筆を持った手を動かしていた。

スケッチを続けていると、通りがかった三咲さんがわたしたちの方へ歩いてくる。

三咲

どーも、こんにちは。

千種

こんにちは。あなたも絵画教室の生徒さん?

三咲

ええ、ひかりちゃんには期待してて。

三咲

ひかりちゃん、今日は何の動物を描いてるのかな?

ひかり

えっとね、これ。

三咲

……あぁ……。まあ、動物といえば動物か。

わたしの絵を覗いて、三咲さんがぷっと吹き出す。

すると、見回りをしていたジュゼッペ先生もこちらにやってきた。

ひかり

千種さん。絵画教室のジュゼッペ先生だよ。

千種

初めまして。わあ、芸術家って感じの素敵な方ですね。

ジュゼッペ

はは、綺麗なお嬢さんにそう言ってもらえて光栄だ。

ジュゼッペ

ここに美女が3人もいるというのにあちらの男性2人は口喧嘩なんて、野暮なことだね。

三咲

……美女が『3人』って。

千種

ふふっ、お上手なんですから。

ひかり

先生、それわたしも入ってるの?

ジュゼッペ

もちろんだよ。……ひかりは何を描いていたんだい?

スケッチを見た先生は、要くんたちの方に一度目をやって、おかしそうに微笑した。

ジュゼッペ

これは傑作だな。今までで一番、モデルの『いい表情』が描けているんじゃないか。

…………んっ?

そんなやりとりに、彼らはやっと自分たちに視線が集まっているのに気づいたらしい。

……あ、もしかして僕たちを描いてた!?

…………見たい。

ひかり

恥ずかしいからダメ~。

千種

あはは。2体の動物が描いてあるだけよ。

動物……。……きっと樹さんみたいにぬぼーっとしたカピバラでも描いてあるのかな。

何故カピバラなんだ。喩えられるならもっと格好いい方向の動物がいい。カンガルーとかアリクイとか。

樹さんのセンス一般からズレてると思うよ。

クジラもいいな。あれは腎臓が3000個あるそうだ。あとストーウェオーユーエとか。

クジラとマイナーな未確認生物をナチュラルに同列で扱うとことか本当天然だよね。

……要を動物に喩えるなら狐だな。

どういうところが?

色々な意味でとても頭のいいところだ。

それ絶対、ずる賢いとか意地悪とかの意味で言ってるよね。

ひかり

……も~、喧嘩しないの。まだ完成してないけど、仕方ないなぁ。

ひかり

どっちもハズレ。わたしが描いてたのはカピバラでも狐でもないから。

うちのクラスの男子みたいな言い合いをし始める2人に、わたしは笑って絵を見せた。

……あ……

…………。

……そこに描かれているのは、仲良く笑顔で話している2人の姿だ。

ひかり

わたしにはこう見えたよ。

……樹さんのこと、かっこよく描きすぎじゃないかな?

要の笑顔はもっと企みが滲んでいる。

三咲

負け惜しみだ、負け惜しみ。

ジュゼッペ

ひかりが一枚上手だったね。

……ん……

要くんはちょっと照れくさそうにして、そして……

誰かさんより、ひかりちゃんの方が見る目があるよね。

ひかり

わっ……!

手を伸ばして、わたしの頭をくしゃっと撫でた。

お……。

千種

あっ、もう。女の子の髪に遠慮なく触るなんて。

……ひかり。やはり今からでも将来を考え直した方がいいのではないかと思う。

だから何言ってるの、樹さんは。

ひかり

(……頭、撫でてもらっちゃった)

…………まあ、ひかりがどうしてもと言うのなら、応援することはやぶさかではないが。

ひかり

えへへ……ありがとう。

千種

…………ふうん?

何、千種さん。樹さんの言ってる意味わかるなら、通訳してくれる?

千種

ダメ。自分で考えなくちゃ。

……???

首を傾げる要くんがかわいく見えて、わたしはくすくすと目を細めていた。

【==== 動物園園内 ====】

千種

この動物園って、中に遊園地があるのよ。樹、興味ある?

……絶叫系は遠慮させてくれ。

千種

あはは、そこまで激しいのはないわよ。子ども向けだもの。

しばらくして、わたしたちはまた動物園巡りを再開していた。

ふいに、要くんがわたしにだけ聞こえる声で囁く。

……ねえ、ひかりちゃん。協力してくれない?

ひかり

協力?

わざとはぐれようかと思って。

ひかり

……! それ、ドラマとかで見たことある……!

定番であり、王道でもあるよね。

ちょうどその時、団体らしい大勢のお客さんが、わたしたちと樹さんたちの間に入る。

……よし、今だ。

ひかり

チャンスだね!

要くんに手を握られてドキッとしたけど、わたしは勇気を出して彼の指先を握り返し、一緒に駆け出した。

【==== 動物園園内 ====】

ひかり

はぁ~……。

ひかり

ふふっ、もう樹さんたち、完全に見えなくなっちゃった。

一応『はぐれちゃったからこの後は別行動で』ってメールしておこう。

樹さんは手間がかかるんだから。

楽しげに要くんが携帯を操作すると、数分で返信が戻ってくる。

あはは。千種さん、『も~、白々しい。でもありがと』だって。

あっちはこれでよしっと。じゃあひかりちゃん、そろそろ小太郎のところに行こうか。

あんまりのんびりしてると、絵を描く時間がなくなっちゃうしね。

ひかり

そうだね、行こう。

クマ舎に近づいていくと、遠目にも小太郎が元気に遊んでいるのが見えた。

無邪気なその様子に、何だか背中を押されたような気がして。

わたしは思い切って、ずっと考えていたことを口にしてみる。

ひかり

……ねえ、要くん。

ひかり

わたしね、将来のことについてちょっと考えてみたの。

将来のこと……?

ひかり

うん。要くんを見てて……大きくなったら、わたしも動物園で働きたいなって思ったんだ。

…………!

ひかり

飼育員とか、獣医とか……そのお手伝いをする人とか?

ひかり

わたしに色んなことを教えてくれたり、温かい気持ちにしてくれた動物たちに、恩返しがしたいんだ。

ひかり

わたしにできるかどうかわからないけど……。

ひかりちゃんなら、きっとできると思うよ。

夢は必ず叶うなんて、軽い気持ちで言えることじゃないけど……

僕は真剣に思ってる。ひかりちゃんなら大丈夫だろうって。

ひかり

……要くん。

もしかしたらいつか、一緒の職場になったりしてね?

ひかり

……う、うん。そういうことがあったらいいな……!

クマ舎に到着して、小太郎をスケッチする準備を始める。

見守ってくれる要くんの優しい視線を感じながら、わたしは手元の画用紙には小太郎の姿を……

そして心の中には、キラキラした未来を描いていた。

ひかり

(今は背伸びしても、全然届かないけど……絶対に追いついてみせるから)

ひかり

(どうか待っててね、要くん……!)