眠りの館
~8話~

【==== エレベーター内 ====】

ナーゼル

……エレベーターのコントロールが利かなくなってる。

ナーゼルの硬い声と、止まらない機械音を聞きながら……指先がすっと冷えていくのを感じた。
急いで現在地のすぐ上の階のボタンを押すけれど、エレベーターが止まる気配は全く無い。

他の階のボタンを全て押してみても、ランプが点灯するだけでエレベーターはひたすら上昇し続けた。

アラディン

奴らがコントロールを奪ったのか……?

???

『……さすが察しがいい。その通りだよ』

アラディン

…………!!

ナーゼル

何者だっ!?

突然聞こえた声に、オレとナーゼルは急ぎ周囲を見回し警戒した。
しかし暴走しているこのエレベーター周辺に敵がいるとも思えない。
すぐに、声の発生源はエレベーター内部にあった業務連絡用スピーカーだとわかった。

アラディン

『……お前がここのボスか?』

相手の声に聞き覚えはないが、使われているのは間違いなくオレ達の国の言葉だった。
同じくエルサニアの言葉で問いかけるが、まともな返事は返って来ない。

反乱軍のボス

『そういう君達は、どこの国の勇ましいスパイかと思えば……』

反乱軍のボス

『くっくっ……まさか王子様自らのお出ましとは、全くご苦労な事だ』

アラディン

……!

スピーカーから聞こえてくる揶揄(やゆ)にピクリと眉が寄った。

アラディン

(こちらの正体はすでに知られていたか……)

エレベーター内の監視カメラはすでに無力化していた。
おそらくさっきデータを盗んだフロアにもカメラが設置してあったのだろう。

ナーゼルは端整な顔を歪ませて、厳しく叫んだ。

ナーゼル

『お前たち、こんなことをしてただで済むと思うなよ!』

しかし返って来るのは耳障りな笑い声だけだった。

反乱軍のボス

『のこのこ自分達から殺されに来るとは、国民思いな王子様だ』

反乱軍のボス

『そんな王子様とお付きが、遠い島国で行方不明になったという知らせを本国でばらまいたら……』

反乱軍のボス

『国の民は、一体どんな顔を見せてくれるだろうなぁ?』

ナーゼル

……くそっ……!

アラディン

(このままではまずい……何とか脱出する方法を…………)

そう思って、奥歯を噛んだ時だった。

ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!

ナーゼル

……っ!? な、何だ!?

けたたましく鳴り響く警報のような音。

アラディン

エレベーター……? いや、この建物からか!?

反乱軍のボス

『何だ!? 何事だ!?』

とっさの事でマイクをオフにするのを忘れたのか、相手の男の焦った声がスピーカーから流れてきた。

どうやら奴らからしてもこの異常音は想定外の事のようだ。

アラディン

……………………!

──その時、オレは一つの異変に気付き、ぴたりと動きを止めた。

アラディン

(これは……)

若い男

『何者かが館内の非常ベルを押したようです!』

反乱軍のボス

『ちいっ……! まだ仲間がいたのか!!』

部下が報告したらしい声、忌々しげに悪態(あくたい)をつく声が聞こえてくる。

年若い部下

『このままでは館と契約している警備会社の者がすぐにやってきます』

年若い部下

『エレベーターの操作を解除しなくては異常に気付かれてしまうかと……』

反乱軍のボス

『…………仕方ない。操作を解除しろ』

反乱軍のボス

『王子様、聞こえていたかね? お仲間の活躍で、エレベーターは無事止まる事になりそうだよ』

反乱軍のボス

『しかし……残念だ』

反乱軍のボス

『ベルを押された事によって、君とお付きの命はあと数分のものになってしまった』

ナーゼル

何……っ。

反乱軍のボス

『エレベーターは1階で止まる。そのドアが開いた時が君達の心臓が止まる時だ』

反乱軍のボス

『せいぜい神にでもすがるがいい』

ブツッと短い音がして、それきりスピーカーからは何も聞こえなくなった。

ナーゼル

くっ……何とかしなくては……。ここで死ぬわけには……。

アラディン

…………。

アラディン

ナーゼル、スピーカーは今、完全に切られているな?

ナーゼル

え……? …………ああ、おそらく。

少し様子を見てからナーゼルが頷いたので、オレはさっきからずっと感じていた異変……。

上着のポケットの中で震えている“それ”を、慎重に取り出した。

ナーゼル

……それは……。

ブーッ、ブーッと震えているのは淡い色合いの小さな携帯電話だった。

アラディン

いつの間に、誰がオレの服に入れたのかわからないが、さっきから着信している。

ディスプレイには発信元の番号が表示されているだけで、特に他の文字は表示されていない。

ナーゼル

…………。

ナーゼルもいぶかしむ中、オレは慎重に通話ボタンを押した。

アラディン

……誰だ。

──けれど、次の瞬間に聞こえてきたのは……。

???

『アラディン……!』

アラディン

…………!!

女性特有の高い声と、日本人の発音でつづられる自分の名前。

オレをこう呼ぶのは、この国ではたった一人しかいなかった。

アラディン

…………紗奈? まさか紗奈なのか?

ナーゼル

えっ!? 紗奈!?

紗奈

『そう……! 紗奈! 良かったぁ……無事だったのね!』

携帯から聞こえてくるのは、少し涙ぐんでいるらしい紗奈の声だった。
その声を聞いて、少しの間だけ頭から様々な考えが抜けてしまう。

けれどすぐにハッと我に返って、オレは携帯を握りしめた。

ナーゼルが近付いてきたので、受話音量を上げて、彼にも紗奈の声が聞こえるようにする。

アラディン

紗奈、一体どういう事だ!? この携帯は……。

紗奈

『それ、私が今朝まで使っていた古い携帯。さっき、こっそりアラディンの上着のポケットに入れておいたの』

紗奈

『充電はまだあったから……眠りの館の公衆Wi‐Fi周辺なら使えると思って』

アラディン

公衆Wi‐Fi……

紗奈

『契約は解約しちゃってるけど、Wi‐Fi専用機としてなら使えるし……』

紗奈

『そっちには電話会社と契約してなくても使えるIP電話のアプリを入れてあったの』

紗奈

『そのことを思い出して、今、新しいスマホから電話してるんです』

紗奈

『もちろん館の周辺から離れれば使えなくなっちゃうけど……』

ナーゼル

…………すごいな。

紗奈のとっさの機転に、ナーゼルが素直に感心したような声を出す。

けれどオレの胸には焦燥感と不安が込み上げていた。

アラディン

まさか、館内の非常ベルを押したのは君か?

紗奈

『うん、そう』

アラディン

君……っ。

紗奈

『待って……! 詳しい事情は後で全部説明するから、お願い、今は私の話を聞いて!』

紗奈

『ここから脱出するために、一つ考えがあるの』

【==== エレベーター前 ====】

反乱軍のボス

『ああ、全くもって不愉快だ……! 私は予定を狂わされるのが昔から大嫌いなんだよ!』

怯えた部下

『ひっ……も、申し訳ありません!』

反乱軍のボス

『それに盗まれてしまった情報を公開されれば……私達は終わりだ!』

反乱軍のボス

『たとえ政府側からの追求を逃れられても、失敗した者を仲間達は許さないだろう』

反乱軍のボス

『だから絶対に王子達をここで始末しなくては……』

反乱軍のボス

『館の警備の者達がくるまで、あとどれくらいだ?』

年若い部下

『20分ほどでこの館に到着します』

反乱軍のボス

『よし……それだけあれば十分だ』

反乱軍のボス

『……お前達、先ほどの失態を忘れるなよ? 奴らの体に、しっかり鉛玉を撃ち込むんだ』

反乱軍のボス

『次に無様な姿を晒せば、王子と一緒にお前達も物言えぬようにしてやる!』

怯えた部下

『は、はいっ……!』

反乱軍のボス

(さぁ、早く来い……! ドアが開くと同時にお前達は蜂の巣だ!)

反乱軍のボス

(もし、さっきのように何か小細工をするようなら……)

ウィーーーー…………ガゴン!!

反乱軍のボス

(……!)

年若い部下

『閃光弾だ……!』

反乱軍のボス

『……ふっ……くくく……』

反乱軍のボス

『……王子様、失望したよ』

反乱軍のボス

『さすがに我らも二度も同じ手を食うほど愚かじゃない』

反乱軍のボス

『そちらに閃光弾があるとわかっているのに、ガスマスクとゴーグルを用意しないとでも思ったのかね?』

反乱軍のボス

『…………中を確認しろ。他にも何か隠しているかもしれん。慎重にな』

怯えた部下

『は、はっ…………!』

反乱軍のボス

『生きて捕まえられれば……その時は私自ら手を下してやろうか』

怯えた部下

『……………………っ!?』

怯えた部下

『ボス、いません! エレベーター内に王子の姿がありません!』

反乱軍のボス

『……何っ!?』

ナーゼル

……いやぁ~、皆様お疲れ様です!

反乱軍のボス

『…………!!??』

怯えた部下

『あ、あいつらの声だ! 一体どこから……』

ナーゼル

というわけで、脱出イリュージョン成功~! ごきげんよう~!

反乱軍のボス

『なっ……』

年若い部下

『ボス! あちらの廊下から足音と声が!』

反乱軍のボス

『くっ……いつの間にエレベーターを脱出していたんだ!?』

反乱軍のボス

『くそっ、小細工ばかりしおって忌々しい……! 追え! 絶対に逃がすな!』

怯えた部下

『は、はっ…………!』

ナーゼル

…………もう、大丈夫ですかね。

アラディン

ああ……。

足音が完全に遠のいたのを確認してから、オレ達はエレベーターの天井裏から、非常口を通ってかごの内部へと静かに着地した。