【==== 眠りの館屋内 ====】
(私と亜美で、この人達の案内を……?)
(うーーん。正直ちょっと遠慮したいなぁ……なんて)
エルサニアの王子(?)とSP(?)を前にして、失礼ながら私はそんなふうに思っていた。
本当に観光を楽しんでいる人なら、せっかく日本に来てくれたんだし案内してあげようって気になるけど。
(やっぱり私にはただの観光客に見えないんだよね)
(かと言って、エルサニアの王子っていう確証もないし……)
さっきネットで調べた限りでは王子様の顔写真も出てこなかった。
(それにもし本当にただの観光客だったとしても、VIPだ、外国人だってはしゃぐ趣味もないし……)
うぐっ……!?
突然横からぐいっと引っ張られて変な声が出る。
聞いた!? 私達に案内して欲しいって!
私を凄まじい力で引っ張ったのは亜美だった。
コアラのようにがしっと私の腕にしがみついて、二人に聞こえない程度の声で話しかけてくる。
……亜美ちゃん? 私、何だかすごく嫌な予感がするの。聞かないフリしていい?
VIPかもしれないイケメン! ひょっとしたら玉の輿が待ってるかもよ!?
(やっぱり~! 亜美ってばいつものミーハーが出ちゃってるよ!)
コソコソ密談する私達を見て、王子(?)はしゅんと眉尻を下げた。
うーん、案内は無理そうですか? 忙しい?
でも私、貴女達だから声をかけたんです。どうかお願いできませんか?
(うっ……)
ね、紗奈! あの人があんなにお願いしてる事だし、案内してあげようよ!
(確かにそんなに一生懸命お願いされると断りにくいけど……)
……わ、わかりました。
結局私は彼らの申し出に頷いたのだった。
おおっ! ありがとうございます! いやあ、助かりました! 日本の女性は親切ですね!
ではさっそく案内をお願いできますか?
はい! 任せてください!
……………………。
(あらら……こっちの人は随分怖い顔になっちゃって……)
でも、それも当たり前かもしれない。
私の勘通りこの二人がエルサニアの王子とSPなら、信頼できるかわからない人物を警戒するのは当然だろう。
ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。
すっかり遅くなってすみません。私はナーゼルといいます。気軽にナーゼルと呼んでくださいね。
職業は、中東付近の小国で電機メーカーを営んでいます。
えっ! 電機メーカー?
……電機メーカー。
こっちの男はアラドといいます。私の会社の社員ですが、まぁ普段は私専用のSPみたいなものです。
アラドだ。俺の事も好きに呼んでくれて構わない。
アラドと呼ばれた男性は手短に言って一瞬だけ私達に視線をよこした。
……こんなデンキ屋がいるかっ!っと私は内心だけでツッコミを入れた。
善良な電機メーカーにお勤めの方がこんな鋭い目をしている世界なんてちょっとした世紀末だと思う。
(エルサニアの王子かはわからないけど、少なくともこの二人は身分を隠してる気がするな)
(今の名前も……十中八九偽名だろうなぁ)
やっぱりただ者ではない、という疑いを深める私とは対照的に、亜美はあからさまに落胆した声を出した。
な~んだ、デンキ屋さんだったんですね。
おや? 電機メーカーに務める男はお嫌いですか?
そうじゃないですよ。ただ女性としては、新たな出会いには色々と期待を抱くものなので。
セレブでもVIPでも、ましてや王子様でもなかったのかぁ……と。
……王子?
ああ、そういえば女性はいくつになっても王子様が迎えに来てくれるのを待っているのだと聞いた事があります。
可愛らしいですね。ね、アラド。
……貴方は女性絡みの事は大概可愛いと言いますが。
おや。ははは。
でもVIPではないかもしれませんが私はこれでも会社の社長なのですよ?
ええと……そういえばお二人のお名前は?
あっ、すみません! すっかり名乗り忘れてて!
亜美は私と肩を寄せ合うと、明るい笑みで自己紹介した。
私は倉崎亜美と言います。私の事も亜美って気軽に呼んでください!
私は神戸紗奈です。紗奈と呼んでくださいね。
私達は二人とも大学生ですけど、こっちの紗奈は世界を股に駆けたジャーナリストなんです!
……ジャーナリスト?
その時、アラドの眉がピクリと動いた。
刺すような鋭い視線が私に向けられて、思わず肩に力が入る。
え……ええと、将来的にそうなる予定といいますか。今も毎日勉強してる頑張り屋さんなんです。
そ、そうです。ジャーナリストは志望してますが、今は普通の大学生です。
ああ、そういう意味だったのですね。
すみません、報道関係者と聞くとつい警戒してしまって。
私達の国周辺は結構物騒ですからね。
企業秘密を探ろうとする者も多いですから、産業スパイや誘拐には特に気をつけているんです。
…………。
スパイに誘拐? うわぁ、中東ってそんなに危険なんですか……。
いい所もいっぱいあるのですがね。さて、それではお互いに名乗りあったところで、案内をお願いできますか?
・
・
・
【==== 眠りの館屋内 ====】
それから私達は、ナーゼルとアラドと一緒に眠りの館の中を見て回った。
眠りの館は、最近オープンしたばかりという事もあってハイテクを駆使したサービスや仕掛けが充実していた。
このエリアではリラックスできる映像と立体音響を楽しめて、隣のエリアにあるのは……、
HMD(ヘッドマウントディスプレー)を使った、ヒーリングプログラム体験コーナーですね。
へえ、それは面白そうだね! 子供がいたら喜びそうだ。
詳しい情報を知りたい時は、専用のアプリをダウンロードするとスマホで詳細を見られるって書いてありますね。
最新の無線技術を使ってるから、館内を移動するごとに情報が届くみたいです。
なるほど。せっかくだから私もダウンロードしてみようかな。
ナーゼルは明るい笑顔で眠りの館を楽しんでいた。
気取ったところのない、人がよさそうな印象を受けるけれど、もし“お忍び”でここに来ているのだとしたら、ちょっと目立ちすぎな気がしないでもない。
一方SPのアラドはさっきから表情が少しも変わっていなかった。
仕事柄なのか、常に周囲を警戒して慎重になっているのが伝わってくる。
(ナーゼルとのやり取りを見る感じあんまり冗談も通じなさそうだったなぁ)
(真面目というか、ちょっと堅いというか……)
【==== 眠りの館観客席 ====】
私達が次にやってきたのは、館内の展示施設の一つ……少人数で観るスクリーンコーナーだった。
『日本の四季と癒し』……観光にぴったりの内容じゃない。ナーゼル、これを観るのはどうですか?
ほうほう日本の四季ですか。
…………。
アラド、せっかく亜美が勧めてくれましたし、少し観て行きましょうか。
……そうだな。わかった。
どう答えるのかなと思っていたけど、アラドはナーゼルの言葉に頷いた。
スクリーンコーナーは数十人程度しか入れない小さめの展示施設だったけど、シートはふかふかで居心地がいい。
(これは……噂に違わないかも)
会場の扉が閉められ、照明が落ち、美しい映像が流れ出すと、段々と意識がぼんやりしてくる。
(さすが眠りの館って感じかな……)
(体からすっと力が抜けて……)
私は自分でも気付かないうちにまぶたを閉じていた。
(本当に……寝ちゃう…………)
(………………)
ぐぅ……
…………ぃ、……ろ……。
(ああ……なんだかいい匂いが……さてはまた亜美が……お菓子を買い込んで……)
(ダメだよ亜美……アラド達もドン引きしてるし……その超特大メロンパンは止めた方が…………)
…………っ! おいっ!
……ん……? 何……?
どこかから声が聞こえるけど、まぶたが重くて持ち上がらない。
それに焦れたように、何かが私の頬を軽く叩いた。
う……。
思わず顔をしかめながら、のろのろと目を開く。
……すると、そこにあったのは……。
おい、紗奈……!
深い色の琥珀のような瞳。
まつ毛の長さがわかるほどの至近距離で、黒髪の美青年が私を覗き込んでいた。
(……アラド?)
ぼんやりした頭で目の前の人の名前を思い出すけれど、それ以上何かを考えられない。
霧に包まれたように、意識がうまく覚醒しないでいた。
まだ寝ぼけ眼の私を見下ろして、アラドはぐっと眉間を寄せる。
起きるんだ、紗奈! ここは普通じゃない……!
頬にまた軽い刺激がある。
よく見れば、私の頬に触れているのはアラドの手だった。
(…………何? 一体何がどうなってるの……?)