レストラン店内
新しいメニューが完成して、パラスティン邸はリニューアルオープンへと動き出していた。
レイアウトやアレンジメントの勉強をしていた私に、彼は店の内装を任せてくれる。
自然の緑を基調とすれば、格調高い店内も温かい印象へと変化した。
へえ、随分と柔らかく感じるものなんだな。
私が生けたハーブに触れながら露衣が言う。
こういった植物があると生活感が出るからかな。ここみたいなゴージャスな空間も親しみやすく感じるでしょ?
植物は目にも優しいし、お客様も安らげると思うんだ。
逆にしっかりとお花でアレンジしたら、お祝い事のお客様には特別感があっていいのかも。
さすが修行してきただけある意見だな。
う……修行なんて大げさなものじゃないよ。不器用は健在だし。
なんとかハーブは綺麗に生けられるようになったけど、まだまだ勉強は必要なんだから。
大げさに息を吐いて告げれば、露衣はおかしそうに笑う。
どうしても上手くできなかったハーブのアレンジメントもどうにかなるもので毎日、植物と向き合っていたことで自然と体で覚えることができた。
(根気よく付き合ってくれた花屋の店長さんにも感謝しなくちゃ)
(目で見て学ぶことも多かったし……。やっぱりやり続けるって大事なんだな)
俺はこういうのはわからないから助かるよ。
ハーブティーもよろしく頼むな。
やっぱり、お前が淹れてくれたのが一番美味いんだ。
彼が私を頼りにしてくれてるのを感じて、やる気が満ちていく。
離れている間、落ち込んでいないで頑張ってよかったと本当に思う。
私には私のやり方で彼を助けることができる。
それが嬉しくて堪らなかった。
しばらくは予約制のレストランでやろうと考えてるんだ。
それなら2人でゆっくりやっていけるからな。
そうだね、それがいいかも。
予約制なら、一人一人のお客様の要求にしっかりと対応もできるし。
そうだ……、お客様の要求っていえば、折り詰めはどうかな?
前に人気があったから、対応できたら喜ばれると思うんだけど……。
(でも、持ち帰ると味が変わるって言っていたし……、新しいメニューでもやっぱり難しいかな?)
(食事に来られない人にも、露衣の料理を食べてもらえたら嬉しいんだけどなあ)
……新しくオープンしても折り詰めのサービスはしないつもりだ。
あ……。
……うん、そっか。そうだよね。わかった。
残念ではあったけど、露衣の考えを優先したくて頷く。
すると、彼は優しい眼差しを浮かべた。
だけど、その代わりテイクアウト専用のメニューを作ろうと思う。
……テイクアウト?
ああ、店に食べに来られなくても手軽にうちの料理を食べてもらえるようにな。
気に入ってくれれば、レストランのほうにも足を運んでくれるだろう。
……っ!
うん、いいっ! それっ、すっごくいいっ!
その代わり店を閉める時間を少し遅くしようと思うが構わないか?
もちろんだよ!
楽しみだね! きっと露衣の料理のファンが増えるよ。
ははっ。だといいな。
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パラスティン邸
——それから、オープンに向かって私達は店の宣伝に力を入れる。
店を紹介するチラシを作って、町で配ってみたり、色々なメディアに働きかけ、リニューアルオープンを紹介してもらえるよう動いていた。
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レストラン店内
露衣、グルメサイトがうちのこと紹介してくれるって!
それと、近所の異人館とかにもチラシを置いてもらえるよう頼んでみるね。
ああ、俺も以前ここを紹介してくれた雑誌の編集者に連絡を取ってみるよ。
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パラスティン邸
そんなふうにオープンの日までせわしなく過ごしているうちに少しずつ予約の連絡が増えてきた。
前回のように予約で一杯になることはなく、ささやかなものだったけど、だからといって不安になるようなこともなかった。
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レストラン店内
そして、オープン当日——
掃除よし! テーブルセットよし! ハーブも元気!
天気もいいし、絶好のリニューアルオープン日和だね。
はは、そうだな。
お前が元気に笑っていられるなら、いつでもオープン日和だと思うよ。
(……! ま、また天然発言を!)
(もう……私がこうして笑えるのは、露衣のおかげなんだけどな)
(それに、露衣の方だって)
今日という日が来るまで彼はいつだって楽しそうにしていた。
期待に溢れて準備する彼の横にいると、私も自然と弾んだ気持ちになれた。
(ふふっ……お互いがお互いを笑顔にさせてたのかな)
一番初めのお客様は佐々木様だったか。ご家族でいらっしゃるんだよな。
あ、うん。お母様の誕生日祝いだって、娘さんご夫婦から予約が入ったの。
デザートには誕生日プレートをつけてほしいって言っていたよ。
ああ、用意しているよ。
……あ、いらした!
ちょうど窓を覗くと、店の入り口に人影が見えて、私は扉を開ける。
いらっしゃいませ! ようこそ、パラスティン邸へ。
その迎え入れた人物に目を見張った。
いらしたお客様は佐々木様という名ではない、よく見知った方だったから。
……青木、様……?
ふふ、美鈴ちゃん久し振りね。
リニューアルオープンおめでとう! 会いたかったわ。
青木様は本当に嬉しそうに、お祝いの花束を私に手渡す。
思いがけないサプライズに喜びが込み上げた。
わ……私もです! 一番最初のお客様が青木様だなんて! すごく嬉しい!
ありがとうございます……!
あ、でも、ご予約のお名前が……。
娘夫婦の名よ。驚かせたかったからね、娘に予約を取ってもらったの。
リニューアルするっていうから、もしかして辞めてしまったかもって心配していたのだけど……。
また会えてよかったわ。
青木様……。
それにしてもびっくりしたわ! すごく優しい雰囲気のお店になったのね。とっても素敵!
後で娘達が来たらきっと喜ぶわ。
青木様。
ご来店、ありがとうございます。久しぶりにお会いできて嬉しいです。今日はごゆっくりしていってください。
ああ、シェフ。ありがとう。貴方も元気そうでよかったわ。こちらこそ、よろしくね。
にっこりと露衣に笑顔を返した後、青木様はぐるりと店内を見回す。
……お店は2人だけでやっているの?
え……? はい、そうですが。
まあまあ! ってことは、あなた達結婚したのかしら?
!!!
……そう見えますか?
露衣!? ち、違いますよ! してません! してませんからっ!
従業員同士、仲良く見えるのはいいことじゃないか。
ええっ!?
あらあら、本当のところはどうなのかしら。
あ、青木様、あの……。
……結婚はしてませんが、良いパートナーですよ。
……!
まあ、いいことを聞いたわ。
……貴方、すごく柔らかくなったのね。
…………。
前の料理も好きだったけど、新しくなった料理も楽しみね。
にこにこと私達を見る青木様を露衣はテーブルへと案内する。
私はというと、顔を赤くしてうろたえてしまっていた。
(い、いけない! 仕事だよ、仕事!)
その後、旦那さまと娘さん夫婦がいらして食事を済ませれば、ご家族はとても喜んでくれていた。
新しい料理にも、手ごろな値段にも、そして店内の和やかな雰囲気も好評で、周囲に宣伝してくれると言っていた。
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パラスティン邸
——それから
遅い時間までの営業が功を奏し、テイクアウトの料理も人気が出てくる。
大きく変化したパラスティン邸は評判も良く、徐々に予約も埋まるようになっていった。
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レストラン店内
あー……、美味しかった〜。
それにこのお店、すごく癒されるよね。
前に来た時はちょっと堅苦しい感じがしたのに。
あと、このハーブティー! 私、フレッシュって初めて飲んだけど美味しくてびっくりした!
(ふふ……お客様がみんな笑顔だ。嬉しいな)
好評だな。
そう言って店内を覗く彼の顔もまた笑顔だ。
前は、こういったお客様の反応に興味はなかったが……
今は素直に嬉しいな。
露衣……。
料理をすることが昔みたいに楽しいんだ。
幸せだと思えるよ。
露衣……。
……とても、懐かしい感覚なんだ。
噛みしめるように話す彼に、温かい気持ちになる。
そう思ってくれる彼に本当に、よかったと嬉しさが溢れた。
ふふ……幸せの連鎖みたい。
露衣の料理は幸せをくれるから。
……本当にそう思うか?
露衣が優しく私に肩を寄せる。
えっ、と瞳を瞬かす私に、彼は紙の束を渡す。
これ……アンケート? お客様にお願いしていたやつだよね。
ああ、読んでみて。
見れば、用紙にはたくさんの感謝の言葉が並んでいた。
2人で営業する私達を励ますものもあって胸が熱くなる。
それと好きな料理の欄を見て驚いた。
美鈴のハーブティーがさ、すごく人気なんだ。
あと……あのハーブを使った肉料理。
あれが一番人気なの、お前気がついていたか。
え……そうなの?
あのハーブとは、もちろん私達が初めて会った時に私が彼に勧めたハーブだ。
そうだよ。俺の料理がみんなに幸せを与えているとしたら、それはお前の力あってこそだよ。
きっと、俺はお前には敵わないんだろうな。
露衣が少年のような笑みを浮かべる。
私の大好きな笑顔。
料理に関してはどんな努力も惜しまない人。
……それは、違うよ。露衣。
え……?
露衣の料理が美味しいのは、露衣がずっと頑張ってきたからだよ。
私、本当は露衣のこと魔法使いみたいに思ってた。
簡単に人を幸せにできる天才だって。
料理の天才なんだって。
簡単だなんて……、そんなわけないのにね。
露衣は露衣でずっと頑張ってきていたのにね。
頑張ってきたからその腕があるのに。
こうしてお店を立て直す姿を見て、ようやく気づけた。
あは、バカだよね。ごめんね、露衣。
呆れた顔を向けられるかと思っていたら、露衣は予想外に吹き出した。
そして、とても面白そうに笑っていた。
ははっ……魔法使いか。そうか、だからか。
……露衣?
だからお前の言葉は温かかったんだな。
へ……?
あのさ、確かに俺は周りから天才ってよく言われてたよ。
自身でもその通りだと思ったし、そうありたいと努力はしていた。
けど、その声は天才だから当たり前、自分たちとは違うものだと、突き放したものだった気がする。
……でも、同じ言葉でもお前の顔は羨望に溢れてた。
俺はそれが嬉しかった。
そういった表情で見てくれるのは嬉しかったんだ。
露衣……。
だからさ、これからも見てくれよ。魔法使いを見るような目で。
お前を驚かすような料理を作るから。
俺はお前の魔法使いでありたい。
ぎゅうっと胸を締めつけて、彼が心をさらっていく。
この人の料理が好きだ。
この人のことがすごく好きだ。
……露衣の……料理が好きだよ。
食べると痺れるような美味しさを感じて……幸せな時間をくれる。
びっくりするような幸せをくれる。
露衣は私の魔法使いだよ……!
泣き出しそうな気持ちで告げれば、彼は眩しそうに目を細めて笑った。
優しく包み込むその瞳が私の心をさらに掴んでいく。
……自分の料理を通して、誰かが幸せな気持ちになってくれる……。
それが、大事なことなんだな。
すごく……大切なことなんだな。
そっと彼が私の手を取る。
まっすぐ私を正面からとらえて言った。
お前が好きだよ、美鈴。
俺はさ、お前がいてくれるから頑張れる。
これからもそばにいてくれ。
……っ……!
甘い喜びと彼への愛おしい気持ちが体中を駆け抜ける。
嬉しくて、嬉しくて、込み上げてくるものが抑えられず、そのままの勢いで彼の胸に飛び込んだ。
わっとお客様から歓声が聞こえたけど、恥ずかしさは今はどこかにやってしまうことにする。
……うんっ! うん! 私もずっと露衣のそばにいたいよ。
露衣が、好きだよ。
……ありがとう、美鈴。すごく嬉しいよ。
店内に風が吹いてハーブが揺れる。
爽やかな香りが私達を包んでくれた。
(ああ……あのハーブの香りだ)
ここはたくさんの幸せを運ぶ場所。私達の大事なレストラン。
いつまでも2人で力を合わせて歩いていく。
このパラスティン邸で——
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