パラスティン邸
~1話~

スーパー

美鈴

いらっしゃいませー!

ここは北野町にある高級食材店。私のバイト先で、なかなか珍しい食材を取り扱っている面白いお店。

いつも通り働いていた、その時……。

露衣

なあ、これはあるか?

早足に入店してきた男の人がいきなり袋を手渡してくる。

美鈴

えっ……!? こちらですか?

美鈴

(びっくりした、突然。あ、でもこの葉っぱの絵は……)

美鈴

申し訳ございません!こちらのハーブは希少なもので不定期の入荷になっておりまして。

美鈴

現在あいにく品切れで……。

露衣

品切れ? それだと困るんだが。急ぎで必要なんだ。

美鈴

うーん。それでしたら、こちらのハーブなどはいかがでしょうか?

美鈴

(すごく困ってるみたいだし、きっと同じようなハーブがあれば助かるよね)

良かれと思い、雰囲気の似た別のハーブを手に取った瞬間。

露衣

おい。そんなものを使えって言うのか?

美鈴

え? でもこれは先ほどのハーブに風味が似ていて、しかもお値段も手ごろなんです!

露衣

そんな安物のハーブなんか使えるか。

露衣

こっちには時間がないってのに、こんなハーブしか置いてないなんて……。

その一方的な雰囲気にカチンときた私は少し口調がトゲトゲしくなってしまう。

美鈴

でもこちらは中々入荷のない珍しいものですので。

美鈴

事前にお問い合わせいただいていれば、入荷できていたかもしれませんけど。

露衣

俺だって別にこんな店でハーブを買うつもりはなかったんだよ。

露衣

手違いで輸入ができなかったから困ってるんだ。

イライラした様子で店頭に並んでいるハーブたちをつまらないものを見るような目で一瞥するその男。

確かに顔だけ見ればイケメンなのかもしれないけど、困って八つ当たりされてる気がしないでもない。

美鈴

それにどんな事情か知らないけど、こんな店って何よ。

聞こえないように小さく呟いたつもりだったけど、相手にはしっかりと届いていたらしい。

露衣

へえ。お客にそんな口聞くなんて大したもんだな。

美鈴

うっ。えっと、いえ何も言ってません。

露衣

言っただろ。

美鈴

ううっ。

ザザーーーーーーーーッ!!!

一歩後ろへ下がれば、棚のハーブが私の頭や床に雪崩れ落ちてくる。

それは、慌てた私が思いっきり商品棚にぶつかったせいだった。

美鈴

げげーー!

店長

な、何事ですか!? 帝塚山(てづかやま)さん!?

美鈴

(やばい! うるさい店長に見つかっちゃった!)

店長

こ、これは! アナタ何やってるの!……お客様申し訳ございません!お怪我などはございませんか!?

露衣

あ、ああ。

美鈴

でも店長!元はと言えば、あの人が〜。

露衣

おい。俺はこのハーブがないか聞いただけだが。

美鈴

う……まあ、それはそうかもしれないですけど。

店長

て〜づ〜か〜や〜ま〜さぁ〜〜ん!!!

そうやって怒りに震えた店長と、「やばい時間がない」と立ち去ったムカつく高級ハーブ男が、私がこの店で最後に話した相手になったのだった……。

北野坂

美鈴

(はあ……。昨日は散々だった……)

北野坂を歩いて、ため息をつく。

美鈴

まさかお店をクビになるなんて、何て運が悪いんだろう。

結局あのまま店長と言い合いになって大問題に発展した結果、あの店を辞めざるを得ない雰囲気になってしまったのだった。

パラスティン邸

とぼとぼと歩いていると、目の前に目的地であるお店が現れる。

美鈴

あ、この建物だ!レストランぽい看板も出てるし。

美鈴

へえ〜……お洒落なお店だなあ……。

美鈴

(落ち込んでたけど、これはちょっと吹っ飛んじゃうかも)

白い壁と緑のラインが特徴的な館——

異人館の自宅を改装してレストランにしたという、最近開店したばかりの話題のお店だった。

美鈴

(しかも、シェフは高校生の時から料理の達人に認められているものすごい人なんだよね)

美鈴

(食べるのが大好きな私としては見逃せないというか……)

美鈴

うん! 落ち込んだときは美味しいもので癒されるに限る!

美鈴

偶然予約の空きが出てラッキーだったな。

美鈴

ちょっと値段はお高いけど……。でも、たまにはいいよね!

レストラン店内

わくわくしながら店へと入れば、すぐに予約の席へと通される。
店内はかなり賑わっていて、その人気ぶりがうかがえた。

美鈴

この客席全部が予約で埋まってるんだもんね。本当にすごいなぁ。

美鈴

内装もお洒落で外国にいる気分になれるし、やっぱり無理してでも来てよかったな。

美鈴

(特に、白を基調としたフロアに、クラシカルな家具が映えてるのが、何とももう……!)

美鈴

(う〜、癒されるなあ)

頬を緩めて周りを眺めていれば、食前酒と共に予約していたコースの前菜が運ばれてくる。

色とりどりに飾られたお皿はどれも美しくて、見ているだけでも自然と幸せな気持ちになれるものだった。

美鈴

うわ〜。すごく綺麗。さっそく、いただきまーす。

美鈴

………! うわ、美味しい!

美鈴

さすが料理の達人に認められた味!久しぶりにこんなに美味しいの食べたかも。

しかも、私のペースに合わせて運ばれてくるのが嬉しい。
やがて香ばしいハーブの香りを漂わせながらメインの肉料理がテーブルに置かれた。

美鈴

いい香り! あれ、このハーブって……。

その香りに、数日前の出来事が脳裏に浮かぶ。

美鈴

これってバイト先でもめた男に私が勧めたのと同じハーブじゃない!?

一口食べると、ハーブの深い風味が、食材の旨みを一層引き立てているのがわかる。

美鈴

うん、やっぱりそうだ!

美鈴

それに、すごく美味しい! やっぱりこんないいお店の高級料理に使われるような良いハーブなんだ。

美鈴

それを安物みたいにバカにしてた、あの高級ハーブこだわり男に食べさせてやりたいわ。

しかし同時に、このハーブのせいで自分が現在無職という現実も思い出してしまう。

美鈴

いやいや、ポジティブシンキング!

美鈴

この美味しい料理に出会えて、自分が勧めたハーブが良いものだったことは証明されたんだから!

美鈴

まあ、それだけなんだけど。ううっ……。

美鈴

でもこのハーブを使ってるシェフには親近感わいちゃうな。なかなかいいところに目をつけてるわよ。

美鈴

……そうだ。

今の自分の状況を打開する、とてもいいアイディアが思い浮かぶ。
口を駆け抜けていくハーブの爽やかさを味わいながら、考えをまとめていった。

美鈴

(ふー、美味しかった)

やがて全ての料理を食べ終えた私は、食後のお茶で一息つく。

料理はどれもキラキラと輝いているようで、館の雰囲気も相まって特別な気分に浸ることができた。

美鈴

(うん、やっぱり素敵なお店だな)

美鈴

(どうしようかな……。でも悩むくらいなら、実行してみよう)

美鈴

(よし……!)

レストラン店内

先ほど浮かんだ考えを実行すべく、私はレジで店員さんに話しかける。

美鈴

とっても美味しかったです!さすが天才シェフですね〜。

美鈴

特にあの肉料理はハーブが効いていて最高でした。

店員

ありがとうございます。シェフに伝えておきますね。

にこやかに返事をする店員さんに、私は真剣な眼差しを送った。

美鈴

……あの、ところでなんですけど。

美鈴

こちらのお店って、まだ店員さんとか募集してたりするんでしょうか?

店員

えっ……と、そうでございますね。一応厨房のほうは、現在募集中ではございます。

美鈴

(うっ、厨房か。でもとりあえず押してみよう!)

美鈴

実は私、数日前まで食材を扱うお店で働いていたんですけど、色々とありまして今、仕事を探してるんです。

美鈴

いきなりで無礼は承知のお願いなんですけど、本当にこのお店の味に感動しちゃって……。

美鈴

ぜひ自分もここで働かせてもらえないでしょうか!?

自分でも苦しいなと思いつつ、でも熱意を持って必死に頼み込んだ。

店員

わ、わかりました。奥にオーナー兼シェフがおりますので、少し聞いてまいります。

美鈴

ありがとうございます!

美鈴

(わーい! ラッキー!! 我ながらちょっと強引だったとは思うけど、結果オーライだよね)

美鈴

(それにしても天才シェフってどんな人なんだろう。まさかいきなり登場したりして!?)

ドキドキしながら待っていると、厨房のほうから一人の男性がこちらに歩いてきた。

美鈴

(あの人、まさかシェフ本人かも!)

美鈴

(って、あれ?)

近づいてきた男は、どこかで見た男……というか、数日前にもめた高級ハーブ男そっくりだった。

露衣

おい、なんだお前。まさか厨房でのバイト希望ってお前か?

美鈴

(ていうか、やっぱり本人!)

美鈴

いやいやいや。じゃあ料理作ってるのって……。

露衣

俺だ。そもそも、ここは俺の店だ。

美鈴

う、うそー!

美鈴

(そんな……! あんなに美味しい料理の数々が。癒されようと思って来たこのお店が)

美鈴

(このムカツク張本人の店だったなんて……)

露衣

まさか、わざわざこの前の文句を言いに来たのか?

美鈴

そんなこと! ただ私はここの料理が純粋に美味しかったから働きたいと思っただけです。

美鈴

でもまさか高級ハーブこだわり男の店だったなんて。

露衣

……働く? お前は例の食材店の店員だろう。

美鈴

その店はですねえ。あなたのせいで、あの後クビになったんです。

露衣

えっ。そうなのか。

美鈴

あ、そういえば! 何なのよ、あの肉料理は!

美鈴

私が勧めたハーブを使ってたじゃない。高級食材以外は使わないみたいな勢いだったくせに。

美鈴

しかも肉料理にハーブがすごく合って美味しさを引き出してた。あんなにバカにしてたくせに〜。

露衣

…………。

露衣

……へぇ。どうやら少しは味がわかるらしいな。

美鈴

何よその言い方。

露衣

……俺はこのレストランのオーナー、露衣(ろい)・パラスティンだ。

露衣

高級ハーブこだわり男などではない。

美鈴

露衣……パラスティン? ハーフなんだ。

露衣

まあな。お前の名前は?

美鈴

えっ。

露衣

俺だって名乗ったんだ。それに別に、訴えてやろうっていう訳じゃない。

美鈴

……帝塚山、美鈴(みすず)だけど。

露衣

帝塚山ね。わかった、お前を明日からここで雇おう。

美鈴

ええっ!?

露衣

仕事がないんだろう?それも、どうやらお前に言わせると俺のせいで。

露衣

そんな風評被害を立てられるのはごめんだからな。

美鈴

ちょ、ちょっと待ってよ。雇うって本気なの!?

露衣

それが何か不満か?お前が希望したくせに。

露衣

あ、それとこれだけは言っておきたいんだが。

露衣

あの肉料理はな、使う予定のハーブがトラブルで手に入らなかったから、仕方なく、安くてありふれたものを使ったんだ。

露衣

料理が旨かったのはお前のお勧めハーブを使ったからじゃなく、基本的には俺の腕のおかげだ。

露衣

わかったか?

美鈴

えー。

露衣

えーじゃない。俺は雇用主だ。返事ははっきりと、はい。だろう。

美鈴

……はい。ただハーブの件は私の見解とは異なりますけど、仰る意見は理解しました。

露衣

ふっ。まあいいけど。俺の料理が美味いって言ってるのには変わりないからな。

美鈴

うっ。

文句がくるかと思えば、意外にも面白そうに苦笑されてびっくりする。
そんな表情が、案外、悪い人じゃないのかと感じさせた。

露衣

じゃあ、明日からよろしくな、帝塚山サン。

そっと手が差し出される。

美鈴

………っ。

私は動揺しているのがバレないように、その手を握り返した。

こうして、想像もしなかった出会いと新しい職場での日々が明日から始まろうとしていた。