見て、露衣！　北野の町が見下ろせるよ！

……おい、美鈴。

なんで、息抜きに出かけようと言って、近所を歩いているんだ。

２人で出かける？

なんで店を立て直す話をしていたのに、お前と出かける話になるんだ。

息抜きなら、俺ひとりで出かけても問題はないだろう。

だってひとりでいたら結局お店のことを考えちゃうじゃない。

誰かと行ってお喋りして楽しんでれば、そんな暇ないでしょう？

悩んで、悩んで、答えが出ないなら、たまには頭を空っぽにして楽しんだらどうかなって。

…………。

それと！

相手は私とは言ってませーん。誰か他にいい相手がいるなら、それに越したことはないですー。

……………………。

なんで、息抜きに出かけようと言って、近所を歩いているんだ。

ここは全く関係のない所へ行くところだろう。

だって、露衣が楽しむことがわからないみたいに言うから。

きっと住んでる町の良さも知らないんだろうなって。

…………。そんなことはない。北野の町の風景は気に入っている。

ふふふ。風景以外だって、いいところはいっぱいあるよ。

今日は私が案内するから、北野を楽しもうよ！

……楽しみにしてやるよ

うわぁ……。ねえ露衣、この絵の料理、すっごく美味しそうなんだけど……。

お前……。本当に食べることが好きなんだな。

……否定はしないけど、露衣には言われたくない。

あはは。確かにそうだな。

ここを出たらどっかで飯でも食うか。

お前は何が食いたい？

あ……。あの、ハーブ園のレストランが有名で行ってみたいなって。

ああ、あそこ。確かによく話は聞くな。

（こういうやりとり……）

（ちょっとデートみたい……なんて、思ったり……）

あ〜！　すっごい美味しかった！　色んな料理が食べれて楽しかったね。

まあ、たくさんの種類を楽しめるのは良かったな。

だが、いくらビュッフェスタイルとはいえ食べすぎじゃないか……。

だって色んなハーブが使われてて、食べたくなるじゃない。

これとこれは合うんだな〜とか。あのハーブ使うとこうなるんだ、とか。

……お前、食べるのもそうだけど、ハーブとかそういう食材好きだよな。

あれ？　わかる？

まあ、見てれば。

なんだ？　変な顔して。

あ……。いや、今日一緒に出かけてみて露衣って思ってたより……、

ううん、普通の男の人よりレディーファーストだなって。

ずっと俺様だと思っていたから、正直驚いてる。

お前……だからそれ、褒めてんのか、けなしてるのか。

えっと、今日のは素直に褒めてる。

はは、なんだそれ。

レディーファースト、か。

多分、それは俺の父親がロシア人だからだろ。

ロシアの男は基本レディーファーストだからな。家庭内でそういう習慣がしみついてる。

あ……。そっか、そういえば、前にハーフだって言ってたね。

お店は実家だと思ってたけど、ご両親は見かけないし……。もしかして露衣ってロシアで育った人？

いや、育ったのはあの家だよ。父もレストランを経営していてね。

ずっと日本でやっていたけど、今はそれをロシアに移して、母と２人でそっちに住んでる。

へえ〜、レストランを……。

……だから、露衣も料理人になろうと思ったの？

ん……、まあ、そうかもな。料理が遊びの一部だったからな。

一緒に並んで作ってるうちに、どんどんのめり込んでいって……。

（……そうだったんだ）

（知り合っていくらか経つけど、こんなふうに露衣のプライベートを聞いたのは初めてかも）

（息抜き……成功したのかな？）

あ、お客様。誓いの鐘はあちらですよ。

え……っ。

誓いの鐘……？

ええ、鐘を鳴らしに来たんでしょう？是非、願いを込めてお２人で鳴らしてくださいね。

（誓いの鐘って、カップルに人気のあれ！？）

あ、あの、私達は……。

願いを込めて……か。

いいな。せっかくだからこれから店を良くしていけるよう誓っていくか。

えっ！　ええっ！！

ほ、本気なの！？

なんだ、不都合があるのか。

ほら、美鈴。来い。

それにしても……周りはカップルばっかりだな。

（か……カップル専用なんですよー）

え……。彼女も辞めちゃったの？

募集はかけているが期待はできないだろう。申し訳ないが、しばらくフロアは一人で頑張ってくれ。

店のことは俺が考える。お前は接客のことだけを頼む。

ううん、私にも考えさせて。協力するって言ったじゃない。

ありがたい話だが、これは本来、俺がどうにかしなければいけないことだ。

美鈴は気にしなくていい。

そんなわけにはいかないよ。私だってちゃんと考えて——

この話はここで終わりだ。よろしく頼む。

露衣……！

そんなこと言ったって……。

（じっとなんてしてられない。何かできることがあるなら、私だってしていきたい）

（そりゃあ、一人で接客することだって簡単なことじゃないけど……）

（でも、それだけじゃなくて……）

きっと、私にだってできることがあるはず！

私のできること！私のできること……！

あっ……！

ご来店ありがとうございました！

今日のお料理はいかがでしたか？　何か苦手な物などなかったでしょうか。

そうねえ……。

（多分、これが私に一番できることだよね！）

（うん！　もっともっとお客様に声をかけて、来てもらった感想や意見を聞いていこう）

（それで、少しでもお店を改善していくのに役立てるんだ……！）

（これが、起死回生のヒントになればいいんだけど……）

あっ！　もう、こんな時間！

お風呂も入ってないのに……夢中になり過ぎちゃった。

露衣……見てくれるかな。

見てもらえなくても……何か役に立てるといいんだけど。

（最近の露衣は……焦ってるのかな。苛立ってるのがよくわかる）

（それがなんだか参っているように見えて……。心配だよ）

ねえ……この料理、味が変わった？　前と違うような気がするんだけど……。

すみません。料理の改良はございませんので、お気に召さなければ、お作り直しいたしますが……。

うーん、いいわ。なんかちょっと、前の方が美味しかった気がするだけだから。

……申し訳ございません……。

（料理の味が変わってるなんて……）

（あんなに味にこだわっていた露衣が……？）

露衣、コーヒー豆のストックが見当たらないんだけど、場所変えた？

コーヒー……？

すまない。発注ミスだ。すぐに頼んでおく。

あ……じゃあ、近くのコーヒー屋さんで買ってくるよ。確か同じ種類が……。

コーヒーの発注場所は決めている。余計なことをするな！

…………。

（……ここのところ、こんなのばっかりだ）

ねえ、露衣。ちゃんと休んでるの？

…………。

定休日だって、ずっとお店のことをしてるんじゃ……。たまには休んだり、息抜きしないと……。

問題ない。

だって！

一人でやる以上やることが多いのは当たり前だ。

何もしなければ、何も変わらない。

っ！　それは……その通りなんだけど！

でも、露衣が倒れたらどうするのよ！

……そうだな、お前の大事な店が開けなくなるな。

バカっ！！

は？

露衣のバカ！　バカ！　バカっ！！

露衣のことがっ！　心配だって言ってんじゃん！

もっと自分のこと大事にしなさいよ！！

あ……っ、おいっ！

はあっ……はあ……。

……バカは私だよ……。

も〜。子供みたいにかんしゃく起こして！

（露衣はお店のためにあんなに頑張ってるのに……）

（大きなこと言って、結局何も手伝えてなんかいない）

私がそんなことやったって、やっぱり何の意味もないのかな……。

せっかく近づけたと思ってたのに、助けてあげることもできないの……。

（これから、一体どうしたらいいんだろう……）