高校中庭
プロジェクションマッピングのプロジェクターが……動かないんだっ……!
普段見ない、とても焦った顔の隼人くんがそう告げる。
その言葉を聞いて、私もアッキーも、周りにいた誰もが声も出せずに固まっていた。
動かないって……。
アッキーがようやくそれだけ言うと、隼人くんが状況を説明する。
今最後のテストをしようとしてたんだけど、プロジェクターから映像が出ないんだ。
色々試してみたけど、何が原因なのかもわからなくって……!
そんな……。だって、昨日の夜はちゃんと映っていたのに……。
(夜中までかかってようやくセッティングしたのに……どうして?)
とにかく行こう……! ぐずぐずしてると上映の時間になっちまう。
アッキーに促され機材が置いてある場所まで来てみると、担当の実行委員のみんなが調べてくれていた。だけど、昨夜のセッティングから変わったところは見受けられない。
電源は全部入れ直してみたか?
ああ、試してみた。だけど、変わらずだよ。
コードも設定も説明書通りになってた。何が悪いのか全くわからないんだ……。
——故障。
隼人くんの話に嫌な言葉が思い浮かぶ。
(……もし、そうだったとしたらどうなるの?)
(だって、今さら交換なんて……)
ドキドキと心臓が嫌な音を立てていると、アッキーが悪い空気を振り払うように、強い口調で言った。
コードの断線があるかもしれない。
まずは配線を全部、新しいコードでつなぎ直そう。
隼人、CG部に頼んで別のパソコンの手配をしてくれ。とりあえず予備があるものは全部試していこう。
オッケー!
萌! 念のためプロジェクターも他から借りられないか探してみてくれ!
わかった……!
オレは一つ一つ試して、何が原因なのか探っていく!
テキパキとアッキーが采配を取って、トラブル回避へと動いていく。
(そうだ……悩んでる暇なんてない)
(やれることを精一杯やらなきゃ!)
私は校内のプロジェクター利用者を尋ねて、借りられないか頼みに行っていた。
それと校長先生を頼って、プロジェクターの持ち主にトラブルの相談をしたり、近場の学校から借用できないかも、連絡を取ってみる。
アッキー!
やっぱり、プロジェクターの替えは見つからなかった。
校内のプロジェクターは全部使用中で終わってからのセッティングじゃ、とても間に合いそうもないの。
持ち主の方にも連絡をしてみたけど、そういったトラブルは過去になかったからわからないって。
他校も……学園祭が重なっていて、空きはないみたいなの。
報告に戻れば、アッキーも暗い表情で頷く。
……こっちも色々試し終わったところだ。
やっぱり周辺機器が故障したとは思えねえ……。これは……プロジェクターが壊れたってことだろうな。
しん、と水を打ったような静けさが広がる。
それって……上映できないってことか?
実行委員の誰かがそう言った。
だ、だって、プロジェクターなんて直せるヤツ、ここにいないだろ。
業者を呼んだとしても、もうとても上映時間には……。
……くそっ、最後を飾るイベントだっていうのにっ! なんでここへ来てっ!
悔しげに上がった声にぎゅっと唇を噛む。
(そうだよ……そのためにみんなギリギリまで頑張ってきたのに……)
(色んな部活に協力してもらって……)
(学園祭を盛り上げようって……)
喉の奥が熱くなっていくのがわかった。
弱い心が希望を覆い尽くす。
——ダメなの?
——もうここでダメなの?
(みんなの思いがこんなに詰まっているのに!)
諦めるなよっ!
周囲の空気に流されそうになっていると、アッキーが叫んだ。
簡単に諦めるな!ここまでやってきたんだろ!
必ずオレが何とかする。だから、諦めずに待ってろよ!
アッキーっ!!
そう言ってアッキーは中庭を飛び出していった。
・
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高校中庭
上映まで、あと30分——
中庭に作った特設の入り口前には、学園祭の最後を飾るイベントを一目見ようと、大勢の人が列を作っていた。
だが、アッキーはまだ戻ってきていない。
……スゲー人だな。
あれだけ告知すればな……。みんないいトコで観たいんだろうな。
ありがたいことだけど……。
…………。
列を見ながら、みんなの口からはため息ばかりが漏れていた。
(どうしよう……どうしたら)
(どう、判断したらいいの……?)
一生懸命、自分ができることを探してみたけど、もうやれることなんて限られていて、ただ心が焦っていくだけだった。
……会長。さすがにこれから翠が戻ってきても、もう間に合わないよ。
………………。
どんどん人も増えてきてるし、大事になる前に観客に中止を伝えたほうがいいんじゃないかな?
……中止を!?
俺だって悔しいけど、待たすだけ待たせといて上映できないっていうのは反発もすごいんじゃないかと思うんだ。
……そ、それはそうだけど……。
皆、同じことを考えているのか、誰も口を開かなかった。
(……確かに来てくれている人のことを思えば、それが正しいのかもしれない)
(だけど……本当にそれでいいの?)
(こんなふうに諦めていいの?)
ここを出ていく前のアッキーの言葉が頭に響く。
彼は『必ず』と言っていた。
(アッキーは無理だと思っていた学園祭だってこうして盛り上げてくれた)
(インハイだって、本当にすごく努力をして掴み取ってくれたって知ってる)
彼がやる、と言った約束を違えたことはなかった。
いつの間にか落としていた視線を上げて、私は口を開く。
ハッキリとした声でみんなに告げた。
私はアッキーを信じる。
きっと解決策を持って、帰ってきてくれる。信じて待ちましょう!
会長……。
……もし。
もし、アッキーが上映時間までに戻って来なかったら、私が来場者に説明する。
どんな責任を取ってでも、誠意を持ってお詫びするから……。
だから、みんなは心配しないで。
にっこりと笑って、周りにいるみんなの顔を一人一人見つめる。
みんなは複雑な表情を浮かべながらも、頭を縦に振ってくれた。
さあ、来ているお客さんを場内へ案内しよう! 上映30分前だよ!
アッキーが戻ってきた時、観客がいなかったら怒られちゃう!
わざと明るい声を出して、みんなを盛り立てる。
……そうだね。アッキーを信じて、やれることをやろう。
アッキーならやってくれるって。
周囲のみんなが「そうだな」と、笑いながら動き始める。
よしっ! みんなやるぞ!
大丈夫——
アッキーなら大丈夫。
そう信じて、手を組んで祈った。
私たちは外で待っていた観客を場内に引き入れ、いつ上映が始まってもおかしくない準備をして彼を待った。
わずか1分が数十分にも思えるように、時間の流れが遅く感じる。
(アッキー……早く来て……お願い!)
・
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・
……だけど。上映10分前になっても彼は戻って来なかった。
会長……。
ざわざわと観客たちのイベントを待ち望む声が、簡易に作った操作席のビニールシート越しに届く。
シートで閉ざされたその先には、想像以上の人が訪れていた。
少し前に明るさを取り戻したみんなの顔は、これ以上なく青い。
もし今彼が新品を持って戻ってきても、時間的にどうすることもできないのがわかっているからだろう。
(でも……)
(それでも……!)
込み上げる不安を逃すように、スカートの裾を握った。
(アッキー……!!)
強く心の中で祈れば、テントの扉を開く大きな音が響く。
見れば、アッキーが誰かを連れて立っていた。
アッキーっ!!
肩で息をする彼の横には見知らぬ髪の長い女性が一緒にいる。そして、アッキーは彼女を紹介するように、その人の肩に触れて前へと促した。
修理できる人を連れてきたっ……!
ま、マジかよっ!
この人、そういうのに詳しい人で、事情を話したら直してくれるって……!
ほ、ホントに……!?
あ……、で、でも、時間が……!
たぶん大丈夫だと思います。
その女性は、にこっと柔らかく笑ったかと思えば、すばやくプロジェクターのカバーを開く。
中をざっと確認し終わると、すぐにある箇所をいじり始めた。
うん、これなら1分もあれば直りそうですね。
い……1分!?
はい。冷却ファンの導線が断線したことにより、発熱した機材が一時的に熱暴走したみたいです。
暫定処置ですが、切れた導線を繋いだので、これでファンが回るはずです。
(す、すごい……!)
驚いていると、私の隣で隼人くんがアッキーに問いかける。
アッキー……どうやってあの人捜してきたの?
いや、校内をくまなく声をかけて回ったんだ。誰か機械に詳しい人いませんかーって。
そしたら、あの人がもしかしたら直せるかもって。
それで、来てもらったんだけど、思っていたよりすげえ人みたいだな。
いやー。ギリギリ見つかってよかったわ。
アッキー……。
(たまたまとはいえ、ちゃんと見つけてくるなんて……)
(諦めないで動いてくれたから……)
じわりと感謝の気持ちが胸に広がっていくのを感じていると、その女性は「できました」と言って開けていたふたを丁寧に閉め、プロジェクターの電源を入れた。
これで、大丈夫なはず。
さっきまで壊れて動かなかったプロジェクターから、内部の動作音が聞こえる。
しばらくして彼女がタンっとキーボードを叩けば、プロジェクターからみんなで作り上げた映像が映しだされた。
それは私とアッキーが朝まで掛かって調整した通り流れていて、全く問題はなかった。
(1ミリずれただけでも映像がずれるのに……、最初と全く同じ位置に戻したってこと!?)
あ……ありがとうございますっ!!
わあっと、みんなから歓声が上がる。
マ、マジすげーな、あの人。
直してくれた女性にみんなで丁寧に頭を下げて見送った後、急いで上映への準備へと移っていった。
じ、時間は?
上映1分前だ!
よおし! 始めるぞ!!
照明を消したと同時に音楽が流れる。
暗闇の中、立体的な映像が校舎に映り込んだ。
おおー!! なんだコレっ!
わああ……おもしろーい。
観ている人からは上映を楽しんでいる声が飛び交う。
投影された光を受ける観客たちの顔はステージからも輝いて見えて。
全ての映像が流し終わり、音楽とプロジェクターの明かりが消えて、中庭がもう一度闇に包まれたとき、ものすごい数の拍手で沸いた。
すっげえ、感動したっ!
本当っ! めっちゃ凝った作りだったね。どこが作ったんだ?
生徒会の主動で作ったって聞いたぜ?
マジで? 生徒会や委員のみんな、最後に大きな感動をありがとー!!
すげー楽しかったぞー!!
賞賛の声はその出来上がりだけでなく、制作にかかわっていたみんなにも注がれていく。
私はそれを操作席で、マウスを握り締めながら聞いていた。
よ……よかった……。
よかったあ……。
安堵でへたり込みそうになっている私の頭を、アッキーがくしゃくしゃと撫でる。
これで、3勝目だよな。
見上げれば、アッキーが得意げにウインクしながら、3つ目の勝利カウントを告げた。
その姿はなんだかすごく頼もしい。
う、うん……。
振り向けば、生徒会や委員のみんなが成功に喜びあっていて……、その姿にじわじわと涙で視界が滲んでいった。
嬉しさや感謝や安心感……色んなものが混ざり合って、頬にあたたかいものが伝っていく。
その熱さと、聞こえてくる拍手と歓声を胸で噛みしめながら……。
大好評だった学園祭の幕は閉じていったのだった——。