高校廊下
(うわあ……! すっごい人!!)
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高校正門
いよいよ学園祭当日——
廊下の窓から外を覗けば、たくさんの人が学校を訪れていた。
見てください! 今日の神北高校は学園祭が行われてまして、大勢の方がイベントを楽しみに来ています。
ローカル局のテレビクルーが、学園祭の様子を紹介してくれていたり……。
翠くんが言ってたテニス部のカフェって、どこでやってるのかな〜?
ねえねえ、パンフに載ってる『集まれ★神北高の男の娘! SHK48ライブ』って、かなり気になるんだけど!!
なにソレ、ヤバイ!!そっちも行ってみようよ!
へえ……、結構本格的なクレープを作るんだな。所詮学生レベルだが。
学生だからそれでいいんですって!
夕方にはここの学生が作った3Dプロジェクションマッピングの上映があるんですって。頑張ってますね。
はぁ、何かの呪文かお経ですか、それ?
他校や周辺の地域からやってきた来場者が所狭しと校内を埋め尽くしていた。
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高校廊下
おお〜、盛り上がってるねえ。
うん、みんな笑顔で楽しそうだよね!
その賑やかな様子にさくらと共に顔を綻ばせていれば、後ろから朗らかな声が届く。
大盛況なようだね。
校長先生……!
一通り、ざっと見て回ったけど、どこも好評のようだよ。
中学生らしき来客者をよく見かけるからきっと受験校の下見に来ているんだろうね。うんうん、願書の受付が楽しみだ。
(さすが……見ているところが経営者……)
感心していれば、校長先生は私に向かって優しく目を細めた。
……よかったよ、芦屋さん。
学園祭は大成功だ。誰も君が生徒会長を続けることに文句は言うまい。
学校側も、もうこれ以上この問題に対して応えることはしない。この学校の生徒会長は間違いなく君だ。
嬉しそうに微笑む校長先生に、色んな人が自分を応援してくれていたのだと、改めて自覚する。
なんとも胸が温かかった。
ありがとうございます、校長先生。そう言ってくださって。
……だけど、学園祭が成功したのは私の力だけじゃありません。
テニス部や、実行委員のみんな……それに、頑張ってここまでやってきた生徒たち全員のお陰です……!
廊下の窓から学園祭を満喫する生徒たちを眺めてそう言えば、校長先生はうんうんと頷く。
そして、校長先生は廊下の先を一度確認してから、にっこりと私の肩を叩いた。
じゃあ、私はこれで。君らも学園祭を楽しんでくれよ。
あっ、私もクラスの手伝いに戻るわ。萌はゆっくり校内の様子を見ておいでよ。
校長先生に続いたさくらの顔もどこかニヤついていて、私は首を傾げる。
(なんだろ、2人してあの笑顔……。それにさくらはクラスの手伝いは終わってるはず……)
——萌っ!
昨日、遅くまで一緒にいた人の声が聞こえてドキッとした。
振り向けば、アッキーがこの学園祭の日になぜか一人でいる。
……アッキー。
なんだよ、この楽しい日に一人でいるのかよ。
え……、あっ……!
考えていたことを自分にも言われてその通りだと気がついた。
なんだかあの2人に計られた気がしないでもないけど。
た、たまたま、いま一人なだけだよ!
それに、生徒会長として校内の視察もしなきゃだし、一人でいいんですっ。
先程の2人の笑顔が妙に彼といるのを気恥ずかしくさせて、つい可愛くない言い方をしてしまう。
だけど、アッキーは気にすることなく口元をニッと上げた。
ふうん……。ならちょうど良かった。2人で行くか。
……は? 行く? どこに?
きょとんと聞き返せば、アッキーはくっと笑う。
オレと、一緒に回ろうって言ってるんだよ。萌。
屈託ない笑顔に胸が跳ねた。
……珍しいこと言うんだね。アッキーが私に。
珍しい?
だって、こんな学園祭の日に、……デ、デートの誘いみたいじゃない?
ははっ。誰かいないと周りがうるさくてうるさくて。
ちらっと彼が目を向けた先では、女の子たちが狙うように彼を見てる。
どうやら彼は、わざと女の子の群れから抜け出してきたようだった。
お前といれば一緒に視察してるんだと思って納得するだろ?
パチッと音がしそうなほど片目を閉じて告げるアッキーに、力が抜ける。
はあ……。はいはい。どうせ私は“虫除けスプレー”ですよ。
どうせね!
最後の一言だけ彼の顔の前で強調して言えば、アッキーは声を出して笑った。
あはは! ガキの頃はオレの方がよく虫退治してやったろ。
そのお返しだよ!
話しながら彼はさっと私の手をさらう。
私の腕を引きながら、アッキーは彼女たちの前を通り抜けた。
悲鳴に似た女子たちの歓声が上がる。
えっ! 嘘! キャーっ!
やだー! 翠くーん!
だけど、それを隼人くんが和らげてくれて……。
いやー! 生徒会長、俺のアッキー盗らないで〜!
アッキーは俺と回るはずだったのに〜! 生徒会長と視察なんてずる〜い!
ぶっ。やだ、隼人くん。
あはは、私達が一緒に回るから我慢してよー。
そんなふうに茶化して、女子たちが興奮するのを抑えてくれる。
私は先を歩く彼の背中を見ながら、鼓動が激しくなっていくのを感じていた。
(て、手を繋ぐなんて子どもの頃からあったじゃない……!)
(多分、その延長で……!)
だけど、繋がれた指の力はあの時よりも強くて、男らしいしっかりとした手のひらと、思っていたより温かい体温に、どんどん頬は赤らんでいく。
(ど、どうしよう。みんな見てるのに!)
ドキドキとついて行けば、彼はある教室の前で止まり、看板を見上げた。
よし! まずは定番、お化け屋敷から行くか!
……お化け屋敷?
目の前のおどろおどろしい入り口と、中から聞こえる叫び声が、先程とは違う形で胸を騒がせる。
(わ、わあ〜……)
(き……気合入れ過ぎじゃない?みんな)
なんだよ、萌。怖いのかよ〜。
こ、怖くなんてないよ! だって、同じ学校の人だし!
ぶっ。なんだ、その言い訳。
まあ、怖かったらオレに抱きついてもいいけど?
あ、逆か。オレが怖くて萌に抱きつくかも。
は、はあ!?
こわーいお化けからオレを守ってくれる? 萌チャン。
バッカじゃないの。
くだらない軽口を叩き合いながら入れば、不思議と怖さも半減する。
驚かせるのをメインに作られたお化け屋敷は思っていたより楽しめて、出口を抜ける時には声を出して笑っていた。
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高校教室
次に来たのは男女逆転コスプレ喫茶で。
翠ちゃ〜ん、サービスするわよ。
そんな野太い声のバニーサービスはいらねえよ!
てか、“バニー”じゃなくて、どう見ても“カピバラ”じゃねえか!
……ふふふっ。
いつも女の子に囲まれているアッキーが、男の子たちに言い寄られているのがおかしい。
ふうん、萌、笑ってるなんて余裕だな。
え……?
ここの喫茶店、店員は男女逆転だけど、客はそのままコスプレできるサービスがあるんだぜ?
萌には何を着てもらおうかなあ……。
き、着ないし! 店員さんだけで充分だから!
慌てて言い返せば、アッキーは喉を揺らして笑う。
残念! 萌とお嬢様と執事ごっこがしたかったのに。
お嬢様の萌、案外似合かもと思ったんだけど。
からかいながらも見つめてくる瞳があまりにも柔らかくて、鼓動が甘く揺れた。
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高校廊下
そして教室を出れば、アッキーはまた私の手を取る。
あっ、なんか、向こうで面白そうなのやってんぞ。萌、見に行こうぜ。
ちょっ! 待って、アッキー。走んないでよ。
アッキーは私の腕を持ったまま、人ごみの中をするりするりと抜けていった。
あはは! ほら早く、早く、萌。
もうっ……!
(こうやって無邪気なところは変わらないんだから)
(昔から……変わらない…よね)
懐かしい記憶が頭をよぎる。
過去の彼と、今の彼が重なって切ない思いが胸を占めていった。
(……いつまで、こうして手を繋いでいられるのかな)
(アッキー、私はさ、もう見てられない)
(もし、この手が違う手を繋いでいたら、……もう、見ていられない)
遠くない未来を想像して、ぎゅっと指に力を入れれば、彼は止まって欲しい合図だと思ったのか足を止める。
そして、窓から外を見た。
……スゲー来客数だよな。去年と比べもんになんねーし。
うん……。大盛況だよね。
成功してよかった……。
ここしばらく、みんなが頑張ってきた姿を思い出して、ほっと息がこぼれる。
彼にならって外を見て笑みを広げれば、アッキーは私の頭を小突いた。
ばーか、安心するにはまだはえーよ。
え……?
まだまだイベントが残ってるんだぜ?
アッキーは再び私の手を引いて走りだした。
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高校中庭
そうして辿り着いた先は中庭で、そこにはテニス部のみんなが揃っていた。
おっ! 来た、来た。萌ちゃーん。
おー、2人とも楽しんできたかー。
おかえり、萌。ゆっくり視察はできた?
さくら……! それに、みんなもいったいどうしたの?
テニス部でなんかイベントの予定ってあったっけ?
ぐるりと周りを確かめれば、たくさんのくす玉がなぜか吊るされている。
テニス部のみんなは揃いのTシャツを着ていた。
(そんな届け出は出ていなかったと思うんだけど……)
首を捻らせていると、アッキーがニッと得意げに口角を上げる。
ねーよ。これはさ、特別に校長に許可を得た“サプライズ”!
萌、テニス部から、お前に送る“フラッシュモブ”特別イベントだ!
届いた言葉に目を丸くした。
フラッシュ…モブ……!?
さくらがスマホを操作すれば、近くのスピーカーから音楽が流れる。
彼らはラケットを持ってテンポよく踊りだした。
(わあ……! そういえば何かで聞いたことがある)
(いきなり出てきてダンスとかするやつだ……)
みんなはダンスに合わせ、リズムよくラリーを繰り返したと思ったら、吊るされたくす玉に向かって一人ずつボールを打っていく。
弾けたくす玉からきらきらと紙吹雪が落ちて、空を舞った。
そして最後にアッキーがひときわ大きいくす玉に球を当てる。
そのくす玉から下がった垂れ幕を見て、私は目を見張った。
ぎゅうっと胸が潰されるかと思った。
……みんな……。
いつもありがとな! 芦屋!
これからもよろしく! 生徒会長!!
垂れ幕に書かれた文字をみんなが叫ぶ。
その声に指が震えた。
嬉しくて、嬉しすぎて、息ができない。
涙を抑えるのが精一杯だった。
……あ……ありがとう。
ありがとう、みんなっ……!
今にも泣き出しそうな私に、みんなは柔らかい笑みを浮かべる。
みんなの優しい気持ちが心に響いて、胸の奥から熱くなっていった。
気がつけば、私達を囲むように周りに人が集まっている。
たくさんの笑顔と拍手がしばらく中庭を包んでいた。
さーて、あとは夕方のプロジェクションマッピングが成功すれば完璧だな。
アッキー……。
成功しないわけがないって! あんなにみんなで力を合わせて作ったんだもん。
昨日も夜中まで2人で頑張ってたんでしょ?
そうだよ。ラストを飾るに相応しいイベントだよな!
俺らも楽しみにしてるから。
うん……! 是非、見に来て!
あたたかい思いで胸をいっぱいにしていると、騒がしく走る足音が聞こえてドキッとする。
中庭の反対側から飛び込んできたのは隼人くんだった。
——アッキー! 萌っ!!
は、隼人くん? そんなに慌ててどうしたの!?
珍しく焦る隼人くんに嫌な予感が走る。
隼人、落ちつけよ。いったい——。
大変なんだ! セッティングしてあった機材が……っ!
え……?
眉を寄せるアッキーに、隼人くんが肩で息をしながら叫ぶ。
周りの人たちも何事かと、不安そうな声が四方から聞こえた。
プロジェクションマッピングのプロジェクターが……動かないんだっ……!