高校正門
萌
(う、わあ……!)
よく晴れた気持ちのいい朝。
今日の神北高校は、女の子たちの楽しげな声でなく、ローカルテレビ局のリポーターの声が響いていた。
リポーター
最後にボールを決めた時はどんな感じでしたか?
翠
決まった! って思いましたね。打った瞬間に、すぐにわかりましたよ。
リポーター
さすが、天才テニス少年ですね! 入る前に勝利を確信するとは。
リポーター
じゃあ最後に、応援してくれている皆さんに一言お願いします!
翠
一生懸命、頑張りますので、応援よろしくお願いします! 特にかわいい女の子の。
リポーター
あはは。神北高校の翠・K・シャープくんでした。皆さん、県大会本選、翠くんを応援してくださいねー。
撮影が終われば、今度こそ女の子たちがアッキーに詰め寄る。
女子生徒1
翠くん、お疲れさまー! テレビ取材なんてすごかったね!
女子生徒2
ねえねえ。今月の『月刊テニス』にうちのテニス部が紹介されてたよ!
女子生徒3
特に翠くんの写真が大きく載ってたんだけど! かっこいいの、これ〜。後でここにサイン頂戴ね!
萌
(すごいなあ、アッキー)
萌
(本当にアイドルになっちゃったみたい)
神北高校のテニス部は、団体、個人戦両方の県大会本選出場が決まり、かなりの注目を浴びていた。
校内はもちろん、その話題はここ北野や周辺地域に留まらず、今のようにローカルテレビのニュース、雑誌にも取り上げられ、大きな騒ぎになっていた。
その中でもアッキーはあの目を引く容姿のため、特に目立つ扱いで紹介されている。
萌
(テニスを真面目にやれば、忙しくて女の子たちの相手も少し落ち着くとか思っていたけど……)
萌
(とんでもない勘違いだったわ……)
萌
(むしろファンが増えちゃったかも)
ちらっと校門の外を見れば、他校の女子生徒まで彼を見にきている。
県大会本選出場でこの騒ぎだというのなら、インターハイ出場になったらどうなってしまうのだろう。
校長先生
おはよう、芦屋さん!
名を呼ばれて振り返れば、校長先生がとてもいい笑顔で私の方へ向かってきた。
萌
校長先生。
校長先生
いやー! すごい人気だね〜、テニス部は。
校長先生
お陰さまで学校の評判のほうも高まってきているよ。
校長先生
やっぱり翠くんはもの凄い才能の持ち主だったね。こんなに短期間で実力を発揮するとは。
校長先生
これも君の声かけのお陰だ。君に翠くんのことを頼んで良かった。本当にありがとう! 芦屋さん!
萌
いえ、そんな、私は何も……。
萌
頑張ったのは翠くんと、テニス部の部員たちですし。
萌
……それに、たぶん本人、モテたいだけですから。
女の子たちに囲まれて嬉しそうにしているアッキーを見ながら、苦笑する。
校長先生
いやいや、これは芦屋さんの功績ですよ。本当にありがとう。
校長先生
あとインターハイでぜひ好成績を残して欲しいものです。それじゃ、私も忙しくなってきたので、ここで失礼するよ。
そういって校長先生は足早に去って行った。
萌
(インターハイか……)
アッキーの本心なんてわからない。
こんなに真面目にテニスをするなんて、正直、私だって驚いているのだから。
萌
(……そういえば、試合が終わってからいつも周りに誰かがいて、アッキーと全然話せてないな)
萌
(たまには、ゆっくり話がしたいけど……)
萌
(あの調子じゃ、しばらくは無理なんだろうな)
・
・
・
高校廊下
昼休み——
移動教室のため廊下を歩いていたら、偶然窓の外にいるアッキーを見つけた。
今日の彼は珍しく一人だった。
萌
(アッキー、ラケット持ってる。きっと、練習してたんだ)
萌
(今なら少し話せるかも)
さくら
萌、どうしたの? 足止めちゃって。
萌
ごめん、さくら。先に教室へ行っててくれる?
さくらにそう告げて、急いで窓を開ける。
だけど、声を張り上げる前にそれは遮られた。
女子生徒1
翠くーん!!
女子生徒2
いた、いた! ねえ、みんなで差し入れ持ってきたんだ。部活の時に食べてね。
翠
あー、コレ! もしかしてこの間のすっげえ美味しかったヤツ?
翠
マジで嬉しいわ。いつも、ありがとな!部員のヤツらも喜んでるんだ。
女子生徒3
ううん、翠くんたちが喜んでくれて、私達も嬉しいよ〜。
女子生徒1
頑張ってる翠くんたちを見るのはすっごく楽しいし。今日も練習見にいっていいでしょ?
翠
もちろん。女の子の声援あってこそのオレらだし。
翠
キャーキャー言っててくれれば、やる気も上がるしな!
女子生徒2
あはは、何それ〜。
萌
…………。
さくら
萌〜? 何よ、急に外なんて眺めて……って、翠くんか。
さくら
おお、今日も囲まれてるね〜。
さくらが私の後ろから窓の外に視線をやって、感心した声を上げる。
さくら
部活もすごいんだよー。コートの外にファンが詰め寄せちゃってさ。
さくら
差し入れも山のように届けられるし。
さくら
まあ、そのお陰で他の部員たちもやる気が上がってありがたいんだけど。
さくら
翠くんも珍しく張り切ってるしねー。
さくら
一年同じ部活で見てきたけど、私、あんなに練習してる翠くん初めて見たよ〜。
萌
(やる気、か……)
萌
(黄色い声がモチベーションになるって言ってたもんね)
先日の試合で言われたことが頭を掠(かす)って苦笑が漏れる。
萌
(アッキー……嬉しそうだな)
外で女の子たちと話すアッキーの笑顔は少し眩しくて、その表情から彼女たちと過ごすのが本当に楽しいのだとわかる。
萌
(……なんだろう)
萌
(なんでなんだろう)
なんでか胸のあたりがチクチクする。
萌
(アッキーが女の子とこうしてるのは今に始まったことじゃないのに……)
一つ息をこぼしてから、目の前の窓を閉めた。
それから、後ろにいるさくらに微笑む。
萌
ごめん、行こう、さくら。
さくら
…………はーい。
ポンポンと、さくらが私の肩を叩いたけど、それの意味については考えないことにした。
・
・
・
テニスコート
そして、ついにインターハイ出場をかけた県大会本選が始まった。
準々決勝から始まった今日の団体戦の試合は、無事、勝ち進んで決勝戦へと進んでいた。
テニス部員1
よおし! 神北高校、ダブルス1勝!あと1勝で優勝だ!!
テニス部員2
翠! お前が勝てばそれで決まりだ! ぜってえ負けんな!
翠
任せとけ!
萌
(アッキー!)
団体戦はダブルス1試合とシングルスの2試合の合計3試合の総当たり戦で、3面同時展開で行われている。
目の前で白熱したラリーを繰り広げるアッキーを、私は観客席でさくらと一緒に見守っていた。
萌
さ、さくら。すごいよ! アッキーが勝てば優勝だって……! インハイ出場だよ!
さくら
そうなんだけど……シングルス2が先に負けちゃってるから、もし翠くんが勝てなかったらここで終わりだよ!
さくら
相手は県下でもシングルならベスト3入りする実力の持ち主だからなぁ……。
さくら
正直どっちが勝つかわかんない……!
スコアをつけながら、さくらがぎゅっと唇を噛んだ。
試合はアッキーが常にリードしているものの互いにサービスゲームは譲らず、離しては追いついてを繰り返している。
そして最終ゲーム、6−6のままどちらかが2ポイント先取すれば勝ちというタイブレークに持ち込まれた。
さくら
萌! あと1ポイント、あと1ポイントだよ!
萌
う、うん!
コートの中のアッキーは肩で息をしながらも、真剣にボールを捕えている。
萌
(アッキー辛そう……)
長引く試合が、彼の体力をどんどん奪ってきているようだった。
萌
(今までこんなに試合が長かったことがなかったから……)
萌
(あと少しなのに……!)
さくら
ああっ! 相手のアドバンテージだ。まずいよ、向こうがリードしちゃった!
萌
アッキー!
アッキーのミスが続き、相手選手が1ポイントリードする。
ここで、もう1ポイント取られたらアッキーの負けが確定だ。
女子生徒1
いやー! 翠くんっ、がんばってー!!
女子生徒2
お願い! 負けないでー!
観客席から女子たちの声援がひときわ大きく上がる。
『ただ見てるだけじゃ、モチベーションが上がらねえよ。モチベーションが』
その時、なぜかアッキーに言われた台詞が頭の中に大きく響いた。
苦しそうに下を向くアッキーに、私は大声を張り上げていた。
萌
アッキーっ!!!
萌
頑張ってっ!! あと3ポイントでインターハイだよっ!!!
萌
絶対! 絶対に勝てるからっ!
たくさんの女の子たちの声に混ざって、決して目立つものではなかったから届いていたかどうかはわからない。
だけどアッキーは顔を上向かせる。
そして、観客席に向かって手を上げた。
さくら
ちょっ……。萌、翠くんすごいよ!
さくら
すごい……すごいポイント連取だよ!
さくら
ゆ、優勝だ……っ!!
萌
アッキー……!!
わあっと今日一番の歓声が起こる。
アッキーは快進撃を繰り広げ、無事、ポイントを取り返し……、神北高校、団体戦優勝を勝ち取ったのだった。
・
・
・
テニスコート
——それから、数日後。
団体戦で盛り上がった熱がいまだ冷めない中、今度は個人戦の県大会本戦が始まった。
萌
アッキー頑張って!
騒ぐ女の子たちに交じって応援すれば、アッキーは観客席に手を振る。
さくら
おお〜。今日も絶好調だね。
テニス部部員1
翠! お前、マジすげえよ!
テニス部部員2
このままいけば、個人戦でも優勝なんじゃねえ?
翠
トーゼン!
翠
目指すは団体、個人ともにインハイ出場だからな!
アッキーはその言葉通り、難なく勝利を上げていって、順調に決勝戦へと進みでる。
——そして、
審判
アウト!
審判の声が、競技場に大きく響き渡る。
相手が打ち返した打球が、アッキー側のコートのラインをオーバーしたのだ。
審判
ゲームセット!セットカウント2−1、勝者、翠・K・シャープ!
うわぁああああーーーという大歓声が沸き起こる。
今までの中で一番大きな歓声かもしれない。
アナウンサー
見事、神北高校、翠・シャープくんの優勝です!
どこかの局のアナウンサーが近くで実況を伝えていた。
アッキーは公言した通り、個人戦でもインターハイへの出場を決めたのだ。
萌
(わああああ!)
萌
(アッキー、すごい!)
悲鳴のような女子たちの歓喜の声を聞きながら私も興奮していると、試合の終わったアッキーはそのまま観客席へと近寄る。
翠
——萌っ!
そして見事なコントロールで、彼はウイニングボールを私に向かって打った。
萌
わっ……、わわっ。
危うく落としそうになりながらも、しっかりとそれを手にする。
翠
まずは1勝したぜ、会長!
萌
(1勝……? もっと勝ってるよね?)
首を傾げながらも、満面の笑みで微笑むアッキーに対し、自然に嬉しさが込み上げてきた私は、
次の瞬間、臆すことなく叫んでいた。
萌
おめでとう! アッキー!!
私の声が届いたのか、手を振り返す彼に胸が温かくなっていく。
さくら
……へええ。
さくらのニヤけた声にハッとした。
周りを見れば観客の視線は私に向けられ、もの凄い注目を浴びている。
女子生徒1
会長〜! ずっるーい!
女子生徒2
いいな〜、ウイニングボール。羨ましーい!
萌
(う、嘘……っ!)
萌
あは、ははは……。
萌
これ、あれだね。校長室に飾らなきゃだね。
萌
生徒会長として、預かっときます!
そんなふうに彼から貰ったボールと赤い顔を誤魔化して……、県大会本選は終わりを告げたのだった。
・
・
・
北野坂
翠
久し振りだな。こうやって、一緒に帰るの。
萌
うん、いつぐらいぶりかなあ……。
県大会が終わって数日後。
学校からの帰り道、たまたまで街で会ったアッキーと私は、家までの道を一緒に歩いていた。
萌
今日はいつもより帰りが早いんだね。部活はなかったの?
翠
インハイまでまだ日にちもあるしな。まあ、少しだけ休憩。
萌
そっかあ……。インハイは夏だっけ?
萌
すごいなあ。本当に決めちゃうんだもん。
私が感心していると、アッキーはくすくすと笑う。
翠
なんだよ、萌が頑張れって言ったくせに。
翠
行けると思ったから応援してくれてたんじゃねえの?
萌
それはそうなんだけど。
萌
でも、あれだね! この調子でいけばインターハイも優勝できちゃいそうな勢いだね!
冗談半分にそう言えば、アッキーは自信満々に口角を上げた。
翠
もちろん、狙ってるに決まってるだろ。
萌
うわ〜! すっごい自信!
でも本当に叶えてしまいそうで、茶化して笑いながらも心が弾んでいく。
久し振りにアッキーとこうしてゆっくりできる時間が嬉しい。
そんなことを思っていると、ふいに鞄の中から携帯が鳴った。
萌
あ……私だ。ごめん、ちょっと待って。
スマホの画面には、さくらの携帯番号が表示されている。
何か嫌な予感がして、慌てて画面をタップした。
萌
もしもし。さくら?
萌
うん、……うん。
萌
えっ——!?
萌
う、嘘……、そんな——!!
翠
萌……?
さくらからの嫌な知らせに、私は思わずアッキーを見てしまう。
さくらからの電話。
それは……私達やテニス部にとって、大きく運命を変える知らせだった——。