うろこの家
~1話~

ー大学中庭ー

美結

みんな練習お疲れさま〜!

チア部の部員1

お疲れさま。美結、今日のジャンプ結構良かったよ!

美結

本当に? もうすぐ大会予選なのに、自分ではまだあんまりしっくり来てなくてさ。

チア部の部員2

えー。でもあんなに高く飛べるのは、うちではエースの美結しかいないよ〜。 もっと自信もっていいと思うよ。

美結

そうかなあ。

チア部の部員1

そうそう。それにこんなに部活を頑張ってるなんて結構偉くない?

チア部の部員1

毎日コンパに明け暮れてる人たちも多いってのに。

美結

まあ、そういう人もいるかもしれないけど。

ちらりと周りを見てみると、お洒落をした男女が楽しそうに午後を満喫しているのが見えた。

私の所属するチアリーディング部は人数も少なくて個々の負担も大きい、いわゆる『スポ根的』な部活だった。

おかげで人気がなく、今の部員は2年生ばかりで頑張っている。

チア部の部員2

あ、そういえば、学部は違うけど同じ学年でイケメンの金髪ハーフがいるの知ってる?

美結

え? そんな人いたっけ?

チア部の部員1

いるいる。目立つからすぐわかるよ! 結構チャラい集団らしいんだけど。

チア部の部員2

その金髪の人って、とにかく女子に大人気でコンパに引っ張りだこらしくて、超話題になってるよ。

チア部の部員1

美結、本当に知らないの? チア以外興味なさすぎでしょ。

美結

うーん。そういうわけじゃないけど、でも私には関係ない人種そうかなあ。

あまりピンとこなかったこともあり、タオルで汗を拭きながらその話題をさらりと流す。

そして頭の中でもう一度ダンスの流れをおさらいし、私はため息をついた。

美結

あーダメだあ。振り付けが不安だから残ってもう少し練習していくね。

チア部の部員2

えー。あんまり根つめすぎないようにしなよ。

チア部の部員1

そうだよ。今日は久しぶりの息抜きも兼ねて居酒屋で反省会するって決めてたじゃん。

美結

うん。夜までにはお店に行くよ。後から合流するね。

みんなを見送って一人になると、少し集中して自分に気合いを入れ直す。

美結

(やっぱり次の大会の予選は何としても突破したい。そのためには、私がもっと頑張らなくちゃ)

予選で高い得点を取るために増やした大技など、完成度が気になる部分はまだたくさんあった。

練習をしていると、ふいに校舎のほうから大きな笑い声が聞こえて思わず振り返る。

ちらりとそちらに目をやると、少し離れた場所で大勢の男女が楽しそうに歩いているのが見えた。

美結

(あ……)

ふと、その中でひときわ目を引く男の人に気付く。

それは、その人以外はもう目に入らないくらいの強力なオーラと存在感だった。

さらりと光る金の髪色と整った顔立ち。見た瞬間に、チアの子たちが言っていたイケメンの金髪ハーフの話を思い出す。

美結

すごい……。きっと、あの人のことだ。

釘付けになっていることを自覚しながら思わずつぶやくと、その金髪イケメンが私のほうに目線を移した。

???(燐)

…………。

美結

……あ。

絡んだ視線と、深い目の色に心を掴まれたような気持ちになる。

……しかしそれは一瞬のことで、視線が外れると私はすぐに我に返った。

美結

(いやいや。どうせ、ちゃらんぽらんでチャラいナンパ野郎よね)

美結

(確かに綺麗な見た目ではあるから、なんとなくそんな気分になっただけで)

初めて見るレベルの容姿に、ついドキッとしてしまった自分が何だか恥ずかしい。

美結

(それにしても、本当にすごいイケメンだったな……。何だか怖いから関わりたくないけど)

イケメン金髪ハーフを取り囲む集団が通り過ぎていく。

私はそれをどこか別の世界の人たちのような気持ちで見送っていた。

ー居酒屋ー

すっかり日が暮れてから、チア部の反省会兼飲み会に合流する。その頃には、すでにみんな結構できあがっていた。

チア部の部員1

あ、美結遅いよ〜!

チア部の部員2

反省もいいけど、予選に向けて一致団結するべくどんどん飲んでたところだよ。あ、もちろん二十歳未満には飲ませてないよ、ひっく。

チア部の部員1

美結も揃ったところで、それじゃもう一度、かんぱーい!!

そう言いながらの乾杯は、妙にハイテンションだ。

美結

ね、ねえ。みんな、結構酔ってない?

チア部の部員2

何しろ飲み放題プランだからね。美結も飲まないと損だよ。

チア部の部員3

遅くまで練習おつかれ美結。さあさあ肩の力を抜いて息抜きしてよ。

店員さん

ご来店ありがとうございますー。こちらお通しのたこわさでーす。
お飲み物お決まりですかー?

美結

え、あ。じゃあ梅酒ロックで。

チア部の部員2

店員さん、それジョッキで持ってきて!

店員さん

かしこまりましたー。

美結

え、ジョッキ!? それは飲みすぎじゃ……。

チア部の部員2

いーから、いーから!

やがて運ばれてきた梅酒ロックのジョッキが目の前に置かれる。

チア部の部員3

美結、飲み放題なんだからガンガンいくよ!

美結

う、うん。

チア部の部員3

それじゃチア部、予選に向けて頑張ろう! 乾杯!!

部員全員

かんぱーーい!!

乾杯をして一度飲み始めると、私も結構ノッてしまい、練習でのモヤモヤを忘れるようにお酒が進む。

上手くいかない気持ちを酔いで誤魔化そうとして、最終的には誰よりも飲みすぎてしまったのだった。

ー北野坂ー

チア部の部員1

美結、本当に大丈夫?

美結

だぁ〜いじょうぶ! だいじょぶ! 全然酔ってなんかないよ〜。

少しフラつく体を必死で支えながら、私は何とかそう返す。

チア部の部員3

ごめん美結。まさかこんなに酔うとは思わなくて。

チア部の部員2

何だか心配だなあ。家まで送ろうか?

美結

いいよ〜。うち、みんなと方向逆だし。夜風に当たればすっきりするから。

飲みすぎた私を心配するみんなに、また明日、と告げて一人歩き出す。

美結

(う、うーん。でも少し気持ち悪いかも……)

想像より酔いが回っていたらしく、だんだんと足元がおぼつかなくなってくる。

周囲を見る余裕がなくて、いつの間にか2人組みの男が回りこんでいることにも気付かなかったのだ。

ナンパ男1

ねえねえ、キミ一人なの?

美結

……え?

ナンパ男2

あれ、何だか結構酔ってない? 俺達ともう一軒行こうよ〜。

いきなり馴れ馴れしく話しかけてくる男たちに身構える。

ナンパ男1

あーあ。歩くのも大変そうじゃない? 俺が支えてあげるよ。

美結

ちょ、やめてください!

抱き寄せようとする手を反射的に払いのけると、急に男たちの目の色が変わる。

ナンパ男2

なんだよ、いいじゃねーかよ!

走って逃げようと思うのに、酔った体は言うことを聞いてくれず、足に力が入らない。

ナンパ男1

ほら、一緒に楽しもーぜ。

美結

い、いや!

男が強引に私の手を引こうとしたときだった。

ちょうど反対から歩いてきた通行人たちが、こちらに駆け寄ってくる。

来たかと思えば、なぜか怒ったようにナンパ男たちを英語でまくしたて始めた。

美結

(な、何……!?)

???

ほら、今のうちだ。

ナンパ男がひるんでいる隙に、別の男の人が私を周囲からかばうように集団から引き離す。

???

おい、大丈夫か?

美結

は、はい!

私を覗き込む印象的な金髪と綺麗に整った顔立ちに、思わずはっとする。

夜の暗がりだったけれど、はっきりとわかった。

美結

(この人、大学で……)

金髪の男の人は英語でまくしたてている人たちに目配せをすると、ぐっと私の手首を掴む。

???

怪我もなさそうだな。じゃあ、注意を引き付けてるうちに逃げるぞ。

???

ほら、走れ!!

そう言うが早いか、いきなり全速力で走り出した。

美結

え、えええっ!?

しかし、しばらく走ると酔いがさらに回ったのか、だんだんと視界が揺れて気分が悪くなってくる。

美結

ううっ……待ってください! き、きもちわる……!!

???

ええっ、マジかよ仕方ねーな。……っておい! 大丈夫か!?

地面がぐにゃっと歪んだような気がしてもう足に力が入らない。

薄れていく意識の中で、やっぱりあの人は大学で見たイケメン金髪ハーフだよね……と思ったのが、私の最後の記憶だった。

ー???ー

ちゅんちゅんと、小鳥がさえずる爽やかな朝の音色。

高級感のあるカーテンから透けて差し込む日差し。

それが柔らかに顔にかかるのを感じて私は寝返りを打つ。

美結

(ん……寝返り?)

いつものベッドよりも伸び伸びと手足を伸ばして寝ている自分にはっとして、眠気が一気に吹っ飛ぶ。

美結

え、え!? ここ……どこ!?

がばっと飛び起きると、広くて豪華なベッドにはふかふかの布団が。

高い天井に、見慣れない高そうな異国の調度品。

そこはまるで、海外の高級ホテルやお城のように感じられる部屋だった。

肌触りのいい服に気付いてよく見ると、見たこともないシルクのようなネグリジェを着ていた。

美結

ネ、ネグリジェ!?

美結

(なんで!? なんで知らない場所で知らない寝巻着て寝てるの……!?)

背筋に冷たいものを感じながら、必死に昨夜の記憶を手繰り寄せる。

美結

待って待って、昨日はチア部の飲み会があって……。

急に飛び起きたせいか、二日酔いで痛み出す頭を押さえながら、必死で思い出す努力を試みる。

美結

(確かナンパ男に絡まれているときに、通行人が英語でまくしたてて助けてくれて……)

その瞬間、イケメン金髪ハーフの顔がぱっと浮かんで心臓がどきりと跳ねる。

美結

(そうだ! 一緒に走って逃げてくれた人は例のイケメン金髪ハーフだった気がする)

美結

一緒に逃げて、それで……どうなったんだっけ?

そこからの記憶がない自分に愕然とする。

美結

え、ちょっと待って。じゃあ、まさか……この部屋は……。

見知らぬ部屋の広いベッドで、いつの間にかネグリジェに着替えられた自分を改めて見てみる。

美結

(一体あの後何があったの……!?)

美結

(ひょっとして、知らない男の人の部屋で、私……)

美結

(しかも着替えまでされてて……)

そんなバカな、と否定したいのに。記憶がないことと目の前の現実に、うまく反論できる言葉が見つからない。

……そのときだった。

コンコン!

ふいにドアをノックする音に飛び上がりそうになる。

美結

(誰か来る! まさか、イケメン金髪ハーフの人じゃ……)

焦って反射的になぜか逃げ場を探すも、出口は今まさにノックされている扉しかない。

美結

(ど、どうしよう……!)

体が一気に緊張して、ぎゅっと息が詰まりそうな感覚。

—————ガチャ。

美結

!!!!

ガンガンと響くような頭痛を感じつつも身構えながら、私の視線は開いた扉の先に釘付けになっていた。