浄恋寺
~4話~

浄恋寺

あのね……

お寺のお嫁さんになるのって、どうすればいいの?

明了

…………

明了

…………………………はい?な、何ですと……?

心底予想外だった質問に、思わず目が点になってしまう。

しかし私ははっとして、心の中で自分を戒めた。

明了

(いやいや……落ち着きなさい私。こうやって面と向かって言われたからといって、勘違いするのはいけない)

明了

(きっと直さんは昨日のお式を通じて、み仏の教えに興味を持たれたのではないでしょうか)

明了

(だからいずれ、どこかのお寺に嫁ぎたいと。そのためにはどうすればいいかと聞きにきただけで……)

あれ、ちょっとわかりにくかったかしら。じゃあ、言い直すわね。

『明了ちゃん』のお嫁さんになりたいんだけど、どうすればいいかしら?

明了

…………………………

明了

……ええっと……私の……ですか?

うん、うん。

明了

……Me?

You

明了

マジ?

マジよ。

……! もしかして住職さん、いま彼女とか好きな人がいたりするの?

明了

い、いいえ……そういうわけではないのですが……

本当? なら良かった……そういう相手がいないなら、何の問題もないわよね!

ねえねえ、それでどうやったらお寺のお嫁さんになれるの?

ただ結婚して法的に……っていう意味じゃなくて、こう、お寺を支える内助の功としての心構えを知りたいの。

明了

いやいやいや、落ち着いてください。その話は一旦置いておいて、一緒に新しいオヤジギャグでも考えましょう。

なるほど、お寺を支えるには笑いのセンスが必要なのね。わたし、頑張るわ。

明了

いやいやいやいやいや。

冷や汗をかきつつ、どう言えばいいものかととにかく首を振る。

その時――

???

――お、お前というヤツは……

明了

…………えっ?

唐突に聞こえてきた声の方へ、私は慌てて顔を向けた。

……そこには私のよく知っている人物が、2人立っている。

1人は母で、のんびりと私達を眺めていた。

そしてもう1人――父は顔を赤くして、わなわなと肩を震わせている。

明了

うっ……父さん……

明了の父

何が『うっ』だ! 明了、お前はまだ未熟だというのに、こんなうら若い娘さんに手を出して……!

明了

き、聞いてください、父さん。誤解があるというか、誤解しかないというか……

明了の母

お嬢さん、初めまして。明了の母です。お名前聞いてもいいかしら?

住職さんのお母様……。初めまして、西灘直と言います。

お父様も、初めまして。

明了の父

おお~、初めまして。

明了

……あの、父さ――

明了の父

それでだな明了! 僧侶とはいえ人の子だ。私も母さんとはめくるめく恋をしたもんだ。だが、今はまだ駄目だ!

明了

ですから――

明了の父

まだ住職となって何年も経っていないというのに、『お友達から』どころかいきなり結婚だと?

明了

…………

明了の父

しかも見たところまだ未成年のようじゃないか! 相手の親御さんになんと申し開きをすればいいんだ!

明了

――その時は!

明了

私が頭を全剃りにして、全力ソーリーします!

明了の父

…………

明了の母

………………

……………………

明了の父

……ぷっ。

明了の父

ふっ、はは……ははは!

明了の父

『全剃り』と『全力ソーリー』をかけた上に、『剃るも何も元から丸坊主やないか』の合わせ技だと……!

明了の父

わっはっは、やりおるな明了め、はっはっはっはっは!

明了

はっはっは。いえ、私などまだまだです。

…………

明了の母

……っていうノリについていけないとうちじゃあ難しいんだけど、直さん、大丈夫?

とっても素敵だと思います!

明了の母

そう? なら……慣れるまで大変だと思うけど、仲良くしてあげてね。

はい……!

……十数分後。私と直さんは、客殿の方へ上がって腰を落ち着けていた。

明了

ああ、肝が冷えました……。

とっても素敵なご両親だったわね。

明了

う~ん……

両親は作りすぎたおかずのお裾分けに来ただけだったようで、煮物の入ったタッパーを渡すと、すぐに帰っていった。

明了

(だけどそのせいで、誤解を解く暇もなかったというか……)

『いいか、清く正しいお付き合いをするんだぞ!』と熱弁していた父を思い出す。

明了

(誤解……誤解は誤解なんですが、じゃあ何が誤解なのかというとうまく説明ができなかったんですよね)

明了

(未成年のお嬢さんが、『お嫁さんになりたい!』と言ってきたこと自体は事実ですし……)

ねえねえ、住職さん。

明了

あっ……は、はい、何でしょう。

気になったんだけど、さっきのお父様が先代の住職さんなの?

首を傾げる彼女に、私は『お嫁さん問題』を一旦棚上げして答える。

明了

ええ、そうですよ。ただ、しばらく前に少し腰を悪くしてしまいましてね。

明了

長時間の法事を務めるのが難しくなったことと、経営している幼稚園が忙しくなったこともあって、

明了

今は幼稚園の方に専念しているのです。

そうだったのね。……それで、もうひとつ聞きたいんだけど。

明了

はい。

明了って呼んでいい?

ほら、お互い『さん』付けの夫婦もいるとは思うんだけど、やっぱり呼び捨ての方がしっくりくるかなあと思って。

明了

(…………棚上げしていた問題が再び転がり落ちてきましたね)

明了

……うん、まあその、呼び方はお好きなようにどうぞ。

やったあ! ありがとう、明了。

明了

ですが直さん、その夫婦うんぬんというのはいかがなものかと――

駄目よ、明了。貴方も『直』って呼んでくれないと。

明了

…………直さん。

…………

明了

直さん……

…………つーん。

明了

……………………直。

諦めてそう呼びかけると、直さん――直は、輝く笑顔を浮かべた。

うん、なあに?

明了

……えーと、何と言いますか……

明了

まずは、どうして私のお嫁さんになりたいと思ったのか、聞いてもいいですか?

うん、もちろんよ。でも、一言で説明しちゃえるかもしれない。

Ring a bell、会った瞬間にベルが鳴ったの。日本語で言うと……『ビビッときた』かしら?

明了

……は、はあ……

それに、昨日、大おばあさまのことでわたしを慰めてくれたじゃない。

あの時わたし、すごく心が楽になったの。明了がそばにいてくれて、とっても安心したわ。

それに、見ていればわかるもの。明了はいい人で、この町の人にも慕われてる。

だから一緒にいたいなって思ったし、それにはお寺のことを勉強したり、お手伝いしなくちゃと思ったのよ。

明了

…………

明了

……本当に?

………………

じっと見つめると、直は、真っ向から私の視線を受け止めようとしたらしかった。

だが……しばらくすると、ふいに顔を背けてしまう。

明了

……ほら。やっぱり、本気ではないのではありませんか?

そ、そんなことないわ。

今のは……明了に近くで見られて、照れちゃっただけよ。乙女心よ。

明了

オトメゴコロ……

あー、馬鹿にしたわね!?

明了

い、いや、そういうわけでは。

わたしは全部本気なのに、冗談で言ってると思ってるんでしょう。

だったら嘘じゃないって証明してみせるから!

明了

証明……ですか?

ほら、これよ。

明了

……ロボットの玩具?

玩具じゃなくて、嘘発見器よ。

明了

ウソハッケン……

あー、あー、また馬鹿にして!

明了

いや、そういうわけでは……

小さくても高性能なんだから。ちゃんと見ててよ。

『わたしは嘘をついていません』

明了

…………

……ほら、青いランプがピカピカしてるでしょ? 本当のことを言ってるって証拠だわ。

明了

…………ナルホド。

あー、あー、あー!

明了

で、ですから馬鹿にしたわけではないのですよ。

明了

実は私は、あまりハイテクなものに慣れていなくて……。

明了

パソコンや携帯なども、うまく使いこなせないんです。

明了

ですから嘘発見器なども、こう、遠い世界の出来事のようで。

……ふうん。青いランプが光ってる。嘘じゃないみたいね。

彼女はちょっと不満顔をしつつも、嘘発見器(?)のおかげで、一応納得してくれたらしい。

明了

……こほん。それでですね、直。

明了

直が私に好意を持ってくれたことや、うちの寺を手伝いたいと思ってくれたことは、とても嬉しいことです。

本当? わかってもらえてよかったわ。じゃあ、まずは婚約かしら。

明了

うん、結婚を前提に話を進めるのはやめましょうね。

だって……

明了

直。直はまだ若いのですから、そう焦ることはありません。

明了

貴女にもやりたいことや、頑張っていることがあるでしょう。

明了

もちろん、お寺に嫁ぐというのも選択肢のひとつだとは思いますが、急いで決める必要はないのですよ。

…………

……直はどうしてか口をつぐみ、切なげにうつむいてしまった。

明了

直……?

……わたしは……

明了

…………

明了

……直。結婚がどうのというのは話が急すぎますが、私は決して直を邪険にしたいのではありません。

……えっ。

明了

小さな寺ですからね。アルバイトのような感じでお手伝いして頂けるなら助かりますし、仏縁に触れる方が増えるのは、大変喜ばしいことです。

明了

直がよければ、初心者向けの説法をお聞かせしますよ。

……いいの? 迷惑じゃないかしら?

明了

そんなことはありませんよ。……ほら、私は、本当のことを言っているでしょう。

直の手元で、青いランプが光っているのを示して笑うと……

直は唇をほころばせて、「うん!」と頷いたのだった。