浄恋寺
~2話~
明了

(ええっと……)

……直さんに突然抱きしめられた格好のまま、ちょっと固まってしまっていると、慌てたようにご長男が助け舟を出してくれた。

喪主

こ……こらこら、直。いきなり抱きついたら住職さんが驚くだろう。

えっ?

……あ! そう、そうよね。日本じゃ、お葬式でハグしたりすることはあんまりないものね。

ごめんなさい、住職さん。

彼女は素直にぱっと手を離すと、恥じらった様子で頭を下げる。

明了

ああ……いえ、構いませんよ。直さんは普段、外国で暮らしていらっしゃるのでしょうか。

明了

私にもハーフの知り合いが何人かおりますものでね、慣れているから大丈夫ですよ。

喪主

いやあ、すまんね。

喪主

それに直、会いたかったと言ってたが、住職さんは通夜の時にも来てくださっただろう。

だって……その時はわたし、涙が出てきて、うつむいちゃってたもの。

何人か来てくれてたお坊さんの誰が『明了ちゃん』かって、確かめる余裕がなかったわ。

明了

(そうか……それで私の方も、彼女に気付かなかったのですね)

確かに近くで見てみれば、彼女の目許は泣いた後らしく赤かった。

それでも明るい心根が映し出されているためか、澄んだ瞳に翳りはなく、私をじっと眺めていて……

私の未熟さが全て見透かされてしまいそうな、少しバツの悪い気分になる。

明了

……こほん。直さん、そんなに見つめなくとも、心配はいりませんよ。

明了

私のこの頭は若ハゲではなく、剃っているだけですからね!

喪主

…………

……………………

明了

…………

明了

……すみません。ちょっとした和みになればと思ったのです。

喪主

い、いや……謝らんでもいいんだが。

……ああっ! そっか、住職さんは私が、『若ハゲかしら』って心配してると勘違いしたのね。

明了

…………恥を忍んで説明しますと、本当に勘違いしたわけではなくてですね……

わかってるわ。そういう体の、ギャグだったのよね。うんうん。

明了

…………

喪主

直や……そんなに、人の傷をえぐるもんじゃないぞ。

……べ、別に、ギャグがわからなかったとかじゃないわ。ちょっと考え事をしていたから反応が遅れただけなの。

喪主

考え事?

うん、話に聞いていたより、優しそうで素敵な人なんだなって。

直さんはてらいなくそう告げると、私をまっすぐな双眸(そうぼう)でとらえた。

明了

え……

でも、まだ感じ取れない部分もあるの。住職さん、もっと近くに行ってもいい?

彼女は問いながら、早速私の方へ近づこうとする。

けれど――その直後に近くの障子が開き、慶道さんが顔を見せた。

慶道

住職、この後の段取りですが……

慶道

っと……すみません、お話の途中でしたか。

喪主

いやいや、こちらこそ忙しいところにすまんのう。

喪主

ほれ直、これ以上長話で邪魔をしちゃいかんよ。

はあい……。ごめんなさい、住職さん。

明了

……いえ。では、私は少し失礼しますね。

明了

お待たせしました、慶道さん。

慶道

いえ、それでは奥で打ち合わせを……

私達は直さん達から離れていくものの、彼女がまだこちらを見ている気配は伝わってきた。

明了

(うーん、何とも不思議な方でしたねえ……)

明了

(この前見かけた時に気になったのも、少し変わった感じがあったからかもしれません)

明了

(でも、素直なところもあって……悪い人ではないのでしょうが)

……そんな予感は、お式を進めている間にも強まることになった。

いーい、カズヤ、トオル、トモコ。これからお葬式が始まるけど、わたしのそばで大人しくしてるのよ。

カズヤ

わかったよー。でも、今度のお休みに、推理戦隊タンテイジャーごっこね!約束したもんね。

トオル

ぼくブラックやるー。

トモコ

あたしピンク~!

わかってるわ。わたしが悪の黒幕団をやってあげるから。騒いだりしないで、きちんと座ってるのよ。

明了

(おや……。直さん、小さい子達の面倒を見ているのですね)

明了

さて……それでは、少しだけお話を。

明了

『倶会一処(くえいっしょ)』という言葉がございまして、

明了

故人とは永遠の別れではなく、いつか浄土でお会いできるという……

明了

(…………あ)

……すう、すう……

明了

(はは……直さん、経を聞く間に眠ってしまったのでしょうか)

浄恋寺

喪主

ああ……寂しいけど、和やかな葬儀だったのう。

喪主

それでは足労をかけるけど、住職さんにも火葬場に来てもらえるかね。

明了

ええ、もちろんです。私もすぐに参りますので。

喪主

母さんも住職に最後まで見送ってもらえると喜ぶだろうし、すまんが頼むよ。

…………

喪主

……ん? 直、どうしたんだい。皆と火葬場に行くぞ。

う、うん。……あの、住職さん。

明了

はい……?

さっきは、その……居眠りしちゃって、ごめんなさい。

明了

……えっ。

思ってもいなかった謝罪を受けてきょとんとしてしまうけれど、彼女は私が何か言うより先に、そそくさと去っていってしまった。

明了

(…………)

明了

(……ふふ……。本当に、悪い人ではありませんね)

次いで初七日法要も執り行い、日が落ちた頃に精進落としの会食が始まると、お堂は賑やかさで満ちる。

喪主

住職さん、ありがとうな。ええお別れができたと思う。

明了

そう言って頂けると、何よりです。

遺族の方々は参列された人達へ挨拶に回り、あちこちで思い出話に花が咲いているようだ。

明了

(…………おや?)

堂内を見回していた私は、あることに気付いて視線をさらにさ迷わせる。

すると近くにいたご婦人……直さんの伯母にあたる方が、私に声をかけてきた。

直の伯母

きょろきょろしてどうしたの、和尚さん。

明了

ああ、いえ……直さんがいらっしゃらないなと思いまして。

直の伯母

あら……そう言われればそうね。直ちゃん、さっきまで確かにいたんだけど。

直の伯母

お手洗いにでも行ったのかもしれないけど……ちょっと心配だわ。あの子、変わってるところがあるから。

明了

変わっている……と言いますと。

直の伯母

実は直ちゃんね、すごく頭がいいらしいの。何でも飛び級で、海外の大学に通っているそうよ。

直の伯母

ほら、トメさんの家電メーカーあるでしょう? それで、技術提供っていうのかしら……

直の伯母

あそこの製品に、直ちゃんのプログラムだか何だかが使われたりもしてるらしいの。

直の伯母

例えば、お部屋の家電を声で操作できたりとかね。すごく精度がいいんですって。

明了

ははあ、それはすごいですね。

直の伯母

……その割に、結構道に迷ったりもするらしくて。ちょっと抜けてる部分もあるのよねえ。

明了

……それはそれで、彼女らしいというか。

明了

いえ、今日がほとんど初対面なのに、こういうのもおかしいのですが……

直の伯母

ふふっ、でも、わかるわ。直ちゃん、頭がいいのに気取ったところがなくて、素直でわかりやすいもの。

直の伯母

だから、放っておけないのよね……

直の伯母

お手洗いの場所がわからなくて迷ってるのかもしれないし、私、探しに行こうかしら。

明了

それでしたら、私が行って参りますよ。

直の伯母

えっ、でも、精進落としの主賓は和尚さんなのに……

明了

皆様は積もる話もあるでしょうし、ゆっくりなさってください。

明了

トメさんのため、お忙しい中せっかく集まってくださった方達です。
こうして皆で故人を偲ぶのも、お見送りの一環ですよ。

直の伯母

……そう……ね。じゃあ悪いけど、お願いできるかしら。

明了

ええ、それでは、少し中座させて頂きますね。

月の光が静かに落ちる縁側を歩きながら、直さんを捜す。

明了

(さて。大して広くもないですから、すぐに見つかるでしょうが……)

という予想は、すぐに当たった。
精進落としが行われている客殿(かくでん)の方ではなく、本堂の縁側に、彼女がぽつんと座っている。

それなのに……一瞬、見間違いかと思ってしまった。

…………

ぼうっと遠くを見つめているその横顔には、会った時やお式の間に見せていたような溌溂(はつらつ)とした明るさがなかったからだ。

道に迷って困ってしまっているのでもない。好奇心で、寺のあちこちを見ていたふうでもない。
寂しくて仕方がないというような表情だった。

明了

…………

特に足音を消すでもなく歩いていくが、直さんは反応を見せない。
数歩手前で立ち止まって、そっと呼びかける。

明了

……直さん?

その声にやっと、彼女はこちらを向いて。
ぽろりと一粒、涙をこぼした。

住職さん……

明了

……こちらにいらしたのですね。

ごめん……なさい。勝手に抜け出したりして。

明了

いえ、いいのですよ。

明了

大切なものを失ったとき、誰かとその痛みを分かち合いたいと思うか、ひとりで心を落ち着けたいと思うか……

明了

悲しみの和らげ方は、人それぞれですから。

…………

直さんの細い腕が、ぎゅっと自身の膝を抱え込む。

ねえ、住職さん。

わたしの話を……聞いてくれる?