山手八番館
~6話~

公園

武志

思ったよりはかどりましたね。
じゃ、今日はこれで撤収で。
お疲れ様です!

先輩の言葉に、ほっと一段落ついた空気が広がり、「お疲れ様」が行き交う。

撮影見学にお邪魔した私は、結局最後までその場に同席させてもらっていた。

杏理

お疲れ様です、先輩。
すみません、長居してしまって。

武志

そんな! むしろ夕方まで付き合わせちゃってゴメン。

武志

前も言ったけどさ、誰かに見てもらえるのって本当気合いが入るから、嬉しかったよ。

杏理

そうですか? ……あの、また見に来てもいいですか。

武志

え……もちろんだよ! ね、皆。

そりゃ大歓迎だよー!

泰行

素直な意見とかも聞けると助かりますね。

さとみ

場が華やいでいいわ。
……あ、でも、日によってはあのバカがいるかも。

将臣

ソウちゃん、俺が言うのも何だけどチャラいからね~。

悠飛

悪いヤツじゃないけどアホだからな、あいつ。

い、言い過ぎですって。
ソウタくんはその、彼女欲しさが暴走しているだけで……。

泰行

……怜ちゃん気が優しいから、割と困ってただろう。

アレは振ったり冷たくあしらってもめげないし、適当に対応してれば別に害はないんだけどさ。

さとみ

武志くんがちゃんと守ってあげないとだねぇ。

武志

ん!? ……ま、まあ、杏理ちゃん連れてきたのは俺だから、何かあればガードするけど。

将臣

良かったね杏理ちゃん。
武ちゃんが「杏理は俺が守る!」だって。

武志

言い方に何か悪意がありません!?

杏理

(ふふっ……)

からかわれる内容に少し照れてしまうけど、冗談だってわかっているのと、先輩の慌て方がちょっと可愛くて、頬が緩んでしまう。

……それから、皆は片付けを終えてそれぞれに解散となった。

皆で食事に行くようなこともあるらしいけど、今日は用事の入っている人が多かったみたいだ。

武志

この後杏理ちゃん、買い物にでも行ったりする? そのまま帰るかな。

杏理

はい、今日は家に帰る予定です。

武志

そっか、じゃあ途中まで送っていくよ。

北野坂

夕方の街を、また先輩と2人並んで歩く。

撮影中のことやメンバーのことなど、楽しい気持ちで雑談していたけど……

何とはなしにした質問に、私は内心で固まってしまうことになった。

杏理

そういえば先輩、今の映画っていつまでに撮る、とかあるんですか。

杏理

何かのコンクールに出すから、その期限までに……とか。

武志

そうだね、一応俺が卒業するまでに、って目標でやってるんだ。

杏理

………………ぁ……。
……そ、そうなんですね。

武志

自主制作映画っていっても数日で一気に撮っちゃうやつとか数年かけるやつとかあって、今回のは1年がかりなんだ。

武志

撮影が春から始まって、夏、で今秋でしょ。
冬があって、来年の春に完成予定。

武志

春までってのは編集作業も含めての期間だから、撮影は年内までかな。

武志

天候にもよるけど、できたら雪が降ってる時に撮りたいシーンがあって……それが楽しみなんだよね!

杏理

……そういうふうに組み立ててあるお話なんですね! 季節ならではの映像ってとても綺麗そう。

明るく相槌を打ちながらも、胸が苦しかった。

杏理

(そうだよね……『先輩』なんだもの)

さっきまでは意識しなかった晩秋の風が、ふいに肌寒く感じる。

武志

……? どうかした、杏理ちゃん。

杏理

い……いえっ、何でも。

杏理

(…………)

杏理

(……卒業、かぁ……)

つい感じてしまった切ない思い。

でも……私はあまり気にしないように努めて、それからも暇を見ては撮影現場にお邪魔させてもらった。

【==== 山道 ====】

杏理

こんにちは、今日も見学しちゃって大丈夫ですか?

もっちろんだよー! 武志くん、今日はこの前いなかったメンバーもいるからちょい紹介したげて。

武志

はい。
杏理ちゃん、こちらが春原実さん。
本業も劇団員なんだよ。

どもども~。
俺は武志くんたちみたいにイケメンじゃないけど、名脇役目指して頑張ってます。

武志

で、こちらが羽鳥夏子さん。
音楽とか効果音を担当してもらってるんだ。

夏子

40代だから、私が最年長ね。

夏子

今は主婦なんだけど、元音大生だから、昔取った杵柄でやってるわ。

武志

……で、こちらが前に言ってた志水草太くん。
現在中学3年でライター志望。

草太

どうも初めましてお姉さん! 結婚を前提にお付き合いしてください!!

杏理

えーと……。

相手にしなくていいからね~。

夏子

私みたいなおばちゃん相手でも初対面で交際申し込んできたからねぇ。

草太

愛があれば年の差なんて! あ、夏子さんは既婚者だと判明したので諦めましたけど。
略奪愛絶対ダメ!

武志

……問題児なんだけどこれで演技力抜群だから。
仕方なくなんだ。

武志

でも草太、杏理ちゃんが本当に嫌がるようなことしたらつまみ出すからね。

草太

イエス、ボス!

武志

信用できないんだよなぁ……。

杏理

……ふふっ、どんなプレイボーイかと思ってましたけど、面白い人ですね。

草太

そ、それはお付き合いOKという意味で……

武志

ハイ草太、次のシーンの打ち合わせするよ。

草太

いたたっ、耳引っ張らないでください!?

杏理

あはは……!

杏理の部屋

また別の日の撮影では、同好会の残るメンバー2人も紹介してもらえた。

武志

杏理ちゃん、こちらが保科真一さん。
撮影用に使わせてもらってるこの家の家主だよ。

真一

どうも、初めまして。
役者兼、予算や備品管理とか、裏方系を色々やってます。

悠飛

真一くんは弁護士目指して勉強中なんだよな。
今は弁護士事務所で事務員やってるんだっけ。

杏理

わぁ、そうなんですか! 皆さん、本当に色んな職種の方が揃ってるんですね。

さとみ

バリエーション豊かなのはうちの強みだよね。
……で、そっちの子が日高まゆちゃん。

杏理

日高? って、怜さんの……

まゆ

うん、怜ちゃんのいとこなんです。
今小学6年で、同好会内では最年少なんですよ~。

杏理

そう言われてみれば似てる……! 親戚だけあって、まゆちゃんも美人さんだね。

まゆ

えへへ、ありがとう!

武志

まゆちゃんは夜遅かったり長時間の撮影には付き合わせられないから、まだ準メンバーって感じだけどね。

今日もあんまり遅くならないようにしないとね。
まゆ、向こうの部屋を借りていいってことだから、あっちで衣装に着替えようか。

まゆ

はーい。

悠飛

俺たちも準備始めっか~。

さとみ

そうだ、確かカーテンとクッションカバー付け替えるって話だったよね?

真一

ええ、もっと部屋の色を柔らかい印象にしたいってことだったので。

杏理

……あの、私もそれ、お手伝いしていいですか?

真一

え? ……じゃあ、お願いしちゃおうかな。

武志

いいの? 杏理ちゃん。

杏理

はい! 是非やらせてください。

専門的なことにはさすがに手は出せないけど、買い出しや片付けなどは少しずつ手伝わせてもらえるようになった。

メンバーの皆とも仲良くなれて、私のバイト先にも彼らがよく顔を出すようになる。

ファーストフード店

杏理

お待たせいたしました。

草太

ああっ杏理さん、店員姿も麗しい……。

武志

草太、黙ってるように。

泰行

あ、ベーコンチーズバーガー僕です。

さとみ

大皿ポテト真ん中に置くから皆場所空けて~。

まゆ

パフェわたしでーす!

バイト中だからずっと近くにはいられないけど、皆が遠慮なく意見を出し合っている様子は、遠目に見ていても面白い。

しかもしばらくすると、打ち合わせや打ち上げなどに限らず、ひとりの時でも皆がたまに顔を見せてくれるようになった。

差し入れをしたりささやかな雑用以外は、ほとんど撮影風景を見てるだけの私だけど……

何となく同好会の一員みたいに思ってもらえているようで、それがすごく嬉しい。

北野神社

そして先輩とも……前より仲良くなれたと思う。

冬に入って皆マフラーを巻き出す頃には、私も現在観られるシュナイダー監督の作品は、全て観賞済みになっていた。

武志

あのシーン良かったよね! 実はあそこで主人公が転んだの、アドリブっていうか本当にこけたんだって。

武志

最初は壁際に追い詰める予定だったみたいだけど、地面に倒れた主人公を敵役が見下ろす構図がすごく良かったから、採用になったらしくてさ。

杏理

へええ……! そういう偶然から、あの緊張感あるシーンが生まれたんですね。

先輩はシュナイダー監督の作品はもちろん、国を問わず色んな映画に詳しくて、撮影の合間を縫っては、オススメの映画や色んな舞台裏の話を聞かせてくれる。

高校廊下

杏理

先輩、この前聞いた『シュガーブルーム』って映画、すごく良かったです!

杏理

映像が本当に綺麗で……ついフォトブックまで衝動買いしちゃいました。

武志

え、本当に!? 結構高くて、俺も買おうかどうか迷ってたんだよね……。

武志

良かったら今度貸してくれない?

杏理

はい、もちろんです! 色鮮やかで、すごく幻想的ですよ。

公園

女子高生のエキストラ募集と聞いて来ました! ヨロシクで~す!

緒方

道を聞かれる通行人Aが必要だと聞いて来ました、よろしく~。

……また別の時には、人手が欲しいとのことで、私も人材確保に協力したりした。

真面目だけど和やかな雰囲気の撮影に、寒さも忘れてほのぼのしてしまう。

将臣

わー、助かるよ。
……でも12月入ったし、杏理ちゃんたちはそろそろ期末試験の時期じゃない?

杏理

うっ……。

やめてー! 今だけは現実逃避してたいんです!

緒方

俺も試験前は部屋の掃除ばっかしてたな、そういえば……。

真一

武志くん、成績いいでしょ? 2人の勉強見てあげたら?

杏理

えっ、そんな……。

武志

俺で良ければ全然構わないよ。
放課後自習室借りてやる?

ほ、本当ですか! あたし数学がまるでダメなんですけど……!

武志

数学なら割と得意だからOKだよ。
杏理ちゃんは苦手科目とかある?

杏理

……ええと、歴史が……。

武志

そっちも守備範囲。
先輩に任せておきなさい。

悪戯っぽい笑顔にも、『先輩』という言葉にも、それぞれ違う意味でドキっとした。

杏理

あ、ありがとうございます。
負担かけない程度で、よろしくお願いします。

北野坂

――そして、また少しの時間が過ぎて、12月24日……

クリスマスイブの日のこと。

おっはよー杏理ちゃん。
期末前に武志くんに勉強見てもらってたんだって? どうだった?

杏理

はい、友達も一緒にだったんですけど、私もその子も普段よりいい点数が取れて……

杏理

先輩、本当にありがとうございました!

武志

いや、杏理ちゃんたちの吸収が良かっただけだって。

夏子

期末試験とか懐かしい単語ね~。
学生の皆はもう冬休みに入ってるのかしら?

武志

ええ、これからは映画にかけられる時間も増えるし、ラストスパートですよ。

武志

今日はクリスマスイブですし、お昼頃には解散にしますけどね。

まゆ

わたし、お父さんお母さんと、怜お姉ちゃんの家族とで食事に行くんだ~。

草太

じゃあ怜さんは予定アリか……。
さとみさんか杏理さん、僕と一緒にディナーはいかがですか?

さとみ

そういう数撃ちゃ当たるみたいな誘い方してるうちは、永遠にOKはもらえないから。

武志

草太、今日撮影のシーンで飲むドリンク、ホットコーヒーじゃなくて冷たい炭酸飲料に変更ね。

草太

罰ゲームじゃないですか!

武志

今度下心出したらお仕置きって言っといただろ。
……っと、すみません、電話だ。

先輩は震える携帯を取り出して、騒がしくない場所へと走っていく。

泰行

お待たせしました、着替え終わりました。
あれ、武志くんは……

ちょっと電話です。
先に用意始めちゃっていいと思いますけど。

そうですね。
……まゆ、まず私達のシーンだから、出番までちょっと待ってて。

まゆ

うん、わかった。
杏理さん、さっきもらったカイロ使ってもいい?

杏理

もちろんだよ。
風邪引かないように気をつけてね。

――あっ。

ふいに、朋さんが空を見上げる。

何だろうと思って視線を追うと……ちらほらと、空から白い欠片が落ちてきていた。

杏理

雪だ……!

泰行

わあ、寒いと思ったら……。

草太

武志くん、雪が降ったら撮りたいシーンがあるって言ってましたよね。

すぐに止んじゃうかもしれないし、電話から戻ってきたらそっちを先に撮った方がいいかも。

悠飛

――うっす、お疲れさん! ギリギリになって悪いね。

さとみ

お疲れ~。
機材、悠飛さんの車に一緒に乗せてもらったから、すぐ下ろすよ。

夏子

悠飛くん、さとみちゃん、ちょうど良かった。

さっき話してたんですけど、雪が降ってきたから、例のシーンを先に撮った方がいいんじゃないかって。

泰行

武志くん、今電話で席外してるんで、相談してからにはなりますけど。

悠飛

ああ、そっか。
多分武志も賛成するだろうから、機材運ぶ位置考えとかないとな。

……準備はだいたい整ったけど……。

杏理

先輩、遅いですね?

草太

まあ、雪が結構降り続いてくれそうな感じなので、そう急がなくてよさげなのは安心ですね。

悠飛

でも心配だし、俺、ちょっと見に行ってくるよ。

悠飛さんが様子を確かめにいってくれている間も、雪は静かに地面を白く染めていく。

まゆ

雪、いっぱい積もるかな~。
こういうの、ホワイトクリスマスって言うんだっけ。

そうそう。
武志くんってば運がいいよ。

……もうそろそろ12月も終わりかぁ。
撮影もいよいよ最終盤って感じですよね。

泰行

武志くんの卒業までに完成って目標、無事達成できそうだ。

杏理

(……!)

夏子

そういえば……

曇る息を手に吹きかけて、夏子さんが呟いた。

夏子

武志くんの専門学校の話、もう決まったのかしら?

決まったって聞きましたよ。

まゆ

センモンガッコー?

うん。
2年くらいで、専門技術を学ぶところ。

さとみ

映像系の専門学校に行くんだってさ。

何気なく話される内容に、言葉を失う。

そして……

さとみ

県外だから、引っ越して1人暮らしになるらしいよ。

杏理

(…………っ)

耳に飛び込んできた情報に、私の鼓動はどきりと大きく跳ねたのだった……。